蜻蛉玉
□お節介
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朝、永倉の部屋の前を通りかかると、襖が開いていたので、ちょっと覗いてみた。
すると、永倉が胡坐をかいて座り込み、必死に何かをしている。
「永倉さん?」
「おっ!?−−−千鶴ちゃんか」
振り向いた永倉は、いつもと変わらない笑顔だった。
「おはようございます。どうなさったんですか?」
「ああ、どうもこの釦ってやつが苦手でよ……」
このところ、ずっと洋装にしているけど、どうもこれは苦手だ−−−と笑う永倉に、
「お手伝いしますね」
と千鶴は懐に入り込んだ。
「わりぃな」
久しぶりに身近に永倉を感じて、千鶴は顔が綻ぶのが分かる。
釦を留めながら、このまま永倉の胸に身を預けれる事ができたら、どれだけ幸せだろう−−−なんて考えていた。
黙って千鶴を見ていた永倉が、急に身をかがめて、千鶴の首筋を覗き込んだ。
「あ、あの?」
「−−−悪い奴だな…」
嘲笑ともに、指が千鶴の首筋を撫で上げた。
「!」
「今度は目立たない所につけてもらえよ」
そう言うと、永倉は陣羽織を羽織ると、部屋を出て行った。
残された千鶴は懐から鏡を取り出し、首筋を映してみた−−−−永倉が撫で上げた部分が赤くなっている。虫にでも刺されたのだろうか?
『今度は目立たない所へつけてもらえよ』
先ほどの永倉の言葉を思い出し、千鶴は頬を押さえた。
『−−−そう言えば昨日の夜……!!』
千鶴は原田の部屋へと走った。
「よぉ、千鶴。昨日は−−−」
声を掛けようとした原田を部屋へ押し込み、千鶴は襖を閉めた。
「何だよ、朝から玉砕したのか?で、即効で俺の女になりにきたのか?すげぇ行動力だな、お前」
ちょっと待ってろ、今、布団敷きなおすからと言う原田に千鶴は、ずいっと近付き、
「何でこんな事!!」
「は?」
指で示された所を見ると、確かに自分が吸い付いた所だ。
「目立つなぁ」
「『目立つなぁ』じゃないです!!」
「いいじゃねぇかよ。いい雰囲気のところを中断したのはお前なんだし、それぐらい」
「人に−−−よりによって、永倉さんに見られちゃったんですよ!?」
真っ赤な顔をして、言い募る千鶴が可愛らしくて、原田はぽんぽんと頭を叩き、
「新八に『原田さんに襲われちゃいました』って泣きついたらどうだ?焼き餅妬いて、すっ飛んでくるかも知れないぜ?」
その言葉に、千鶴はしゅんとなり、
「『今度は目立たない所へつけてもらえよ』って言われました……」
「そりゃあ……」
いつからあいつは坊さんになったんだろう?いや、今時の坊主は色んな意味で自由奔放だ。悟りを開くなんて、新八らしくないのだけど……。
「まぁ取り合えず、昨日の続きをするか?布団、敷きなおすからよ」
振り向いた先に、千鶴の姿はなかった……。
「永倉君…」
夕食を済ませた後、永倉は山南に声をかけられた。
いきなり暗いところからの呼びかけだったので、思わず「ひゃあっ!」と変な声を出して飛び上がったが、山南は気分を害した様子もなく、
「少し私にお付き合いをしていただきたいのですが、よろしいですか?」
と、とても丁寧になのだが、どこか断る事を許さない声色で誘った。
あまりにも意外な話なのだが、このままでいると、今日は避けて歩いている原田から何やら話を持ち込まれそうだし、何か言いたげな千鶴の視線も痛い。
「俺は構わないけど…」
「それでは後から君の部屋に伺いますので……」
「きっと君は離隊するのでしょうね?」
「ああ……」
山南とは試衛館の頃からの付き合いだ。あまり相容れることはなかったが、剣客としての生きる道を絶たれ、羅刹となってしまった山南を見ていると、何とも言えない思いが去来する。
「君はいい。どこにでも自由に行けるのですから……私には、居場所はもうここしかないのです……」
「……」
何を言っていいのか分からない。黙って杯を傾ける永倉に、
「それで雪村君はどうするのですか?」
思いもかけない山南からの質問に、杯を落としそうになった。
「どうするって……そんなこと、俺が決める事じゃ……」