めいん

□深海忘却
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それは、深い深い海に堕ちていく感覚に似ている。
もがけばもがくほど、見え無い何かに囚われていく。
そんな日々を越えて、変わったものは此処から見える景色だけで。
本質的なものは何も変わり得無いと理解した。

今年、俺達は高校二年生になった。
年を取る度に体感速度が速まる、というのは聞いたことがあるが確かにその通りだった。
月日は光陰のように過ぎ去り、今を過去に替える。
だが、決してその過ちを払拭してはくれない。

餓鬼の頃画いていた人生計画とは真逆。
かつて、落ちこぼれと蔑んでいた存在に俺はなっていた。

一度の過ちは一生の傷となり、死ぬまで付きまとうのか。
いつまで俺は、この無意味な日々を重ねれば良いのだ。
堕落しても尚、かつて神童と呼ばれていた面影が、自分を否定する。

俺は無力で思い上がっていただけの餓鬼だ。
それを痛いほど思い知ったあの日。
あの苦い記憶を、時々ふとした瞬間に思い出すのだ。


―けれど、つまりそれは。


何だかんだ言って、俺は今幸せで。
幸福の本当の意味を知ったから。
沢山の馬鹿と出逢い、笑い、月日を重ねて。

薄れていく苦しみに、俺は気づかされる。

思い出す、と謂うのはつまり忘れて居ると謂う訳で。
少し前迄は、確かに思い続けていた。
あの日の温度さえも、感じていれた。
それなのに、日々の生活に想いは風化され。

思いは過去の遺産として埋葬されるべきなのか。
はたまた、いつまでも心に留めておくべきなのか。
あの日をなかった事にして忘れてしまえる程俺は賢くもなく。
いつまでも想って生きていく程強くはなれない。
どこまでも、中途半端な自分自身は。
ただ一つ、穢いとしか言えない。

どちらにしても、あの日が消えるのを止められなくて。
少女の一生を狂わせたあの日を、無かった事にして良い筈が無い。
だから。
俺は、俺だけは忘れてはいけないのに。

前へ進もうとする度、後ろが削られてゆく。
そんな感覚だ。
それが堪らなく苦しくて。
俺は、進む事も戻る事も出来ずに唯その場で足踏みをする。
助けてくれ、と叫ぶ声は誰にも届かず深く深く。

本当は伝える気持ちも、意味も無いんだろう。
自問に自嘲して、自答に冷笑する。


「もう、許してあげれば?自分自身を」


誰かが零したその台詞も、深海に溶かされ忘却の渦へ。

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