めいん

□ソクラティックラブ
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俺と明久は暫く前に付き合い始めた。

付き合うとか、何かが変わる訳でもないし興味は無かったが。

明久がどうしてもと言うかそう謂う名前になった。


まぁ、一緒に居て楽しいし、好きだとも思うから不満はなかった。


だがやはり不安はあった。

俺は明久の"好き"がどうも信用できなかった。

俺には、俺の何処が良いのかも分からない。


だが、考え出したら切りがないし、そんな事聞くのはみっともねぇから気にしない振りをしていた。

どんなに親しい奴らだって、全てを解り合うことなんて出来やしない。

行き過ぎた信頼は重荷にしかならず、依存という崩壊へ歩みを進める。


分かり合ってるふりはいいから。

所詮俺らはアリスとテレス。

混じり合うことの無い其々の個性。

弱さを見せるなんて真平御免だ。


なのになんでどうしてなぜ今日もお前はは歩み寄る。

触れた熱が世界を優しく包み嫌悪感を駆り立てる。

やめろよ、そんな姿似合わねぇよ。


「何のマネだよ…」


足掻いて呟く俺に、奴は妙に神妙な面持ちで答える。


笑っていた方がまだましだ。

この馬鹿にこんな表情、似合わない。


「絡みあって突っつき合うのにも、理由がないといけないのならば。その手放して走って裸足で探し出して来たげるよ」


じゃあさっさと手離せ馬鹿野郎。


んなこと、真剣な顔して言う事じゃねぇだろ。

頬の熱が上昇しているのが分かる。

その手を振り払うように逃げた俺を追う足音は遠くなってゆく。

心臓が、熱い。

なんだ、あの顔は。

馬鹿みたいだ。

あんな行為に動揺している自分も。


逃げ込んだ先は、使われていない更衣室。

無機質なコンクリートが冷たさを増幅させる。

頭を冷やすには好都合だった。


その場に座り込むように項垂れた俺を置いて、時は静かに進んでゆく。


放課後の学校は嫌に静かで。

世界中に一人ぼっち、なんて錯覚を起こす。




寒い。

筈なのに、先ほどまであの馬鹿に触れていた部分が未だ熱を持っている。

こんな感情、俺は知らない。


下手くそな鼻歌が、更衣室の前でとまる。

バカみたいな旋律で、これがあの馬鹿の出している音だと分かる。


ガチャリ、と開いた扉に間髪なく台詞を浴びせる。


「随分とご機嫌じゃねぇか」


悪鬼羅刹の異名も伊達じゃないドスの訊いた聲。

我ながら大人気ないと思いながらも怒気は止められない。


「そう言う雄二は酷く不機嫌だね!」


「誰のせいだ誰の」


怒りを通り越して呆れた俺は、溜息を吐く。

先ほどとは全然違う態度を取る明久に、安心したのも事実。

やはり、こいつの気まぐれだったのか。

未だ残る触れた熱が何故か虚しかった。


扉を閉まる音が、乾いた世界に響く。


近づいて来る明久に10分ほど前の出来事を回顧する。


俺よりも小さな体で抱きしめ、好きだと言う明久。

その姿はどこまでも滑稽だっただろう。

周りに人が居ようが居まいが関係なかった。

その行為こそが、俺には憚れるように思えるのだ。


俺たちは、愛し合うなんて出来やしないのに。

どんなに好き同士であろうと、一つにはなれはしないのに。

虚しい、だけだった。


そんな俺の心を知ってか知らずか、明久は口を開く。


「僕はこのハーモニーを歌うんだ。だって僕みたいな神秘主義者にスカモニアは要らないからね」


明久が俺の手を自分の手で包み込む。

訳わかんねぇし。

お前の行動も、言葉も、全部意味わかんねぇ。


「話せよ…」


だが、俺は自分自身でこの手を振りほどく事はしたくなかった。

何かを、期待しているのかもしれない。

無駄だと、分かっているのに。


いったい誰が俺の心を理解したいと思っている?

そんな物好きな人間居る筈が無いのに。


「マッカートニーは“レットイットビー”を導いたんだ」


明久は未だに分からない言葉を続ける。

誰だ、マッカートニーって。


何話しても無駄な気がして、俺は抵抗をやめた。

抱きつかれるのに比べたら、手の方がましか。


それに何よりも、明久が何時までも笑顔だったから。

今逃げたら、負けた気がした。


「で、何が言いたいんだよ」


我が子をなだめるように、眼を合わせて問いただす。

明久は、瞳を輝かせて答える。


「今こそ心を開いて」


…笑いながら言う事かよ。


「開くも何も…」


「これが最後なんだ!とか思ってバカになりなよ」


俺の言葉にかぶさるように、明久は続ける。

お前に馬鹿とは言われたくない。

けれど、この甘い言葉に乗ってしまえたらどんなに楽だろうか。


「汚れた全てを出しきるチャンスだよ」


明久は、また神妙な面持ちになって俺をみる。

唄う様に言い聞かせる。


寂しさの隣に君がいて、悲しさの隣に僕がいた。

寂しさ悲しさ手を繋いで、僕ら二人を会わせたんだ



四人で並んで歩けばいい。

手と手を繋いで歩けばいい。

一人よりも二人よりもほら、賑やかで楽しいほうがいいから。


俺は観念したように口を開いた。





お前は俺が愛しいと言うけど、それは俺のナニを指すのだろう。

俺を俺たらしめるものが何なのか教えてくれよ。



例えば、顔が半分に腕が二、三本に眼が五等分にちぎれちゃって。

脳みそが隣人に声が宇宙人にアレが人参に変わっちゃっちゃったとして。 

お前は俺だと言えるの?

俺の何が残っていれば俺なのだろう?


全てが言い終わると同時に、明久は静かに涙を流した。

繋がれた手が、初めよりも随分と冷たくなった。


答えられない、と分かっていながら問いかけた俺に自己嫌悪。

気まずく眼をそらした。


その瞬間、思いっきり突き飛ばされた。

ロッカーに背中を打ち付けた派手な音が部屋に反響する。


非難を浴びせるよりも先に、明久の体が俺の上に覆い被さる。

壁と明久に挟まれ、息苦しかったが、痛みは少しずつ癒えて行く。

抱擁、とは違う乱暴なそれ。

冷たい指先が、俺の腰にまわされ締め付けられる。


子供みたいだ、と俺は笑った。

勿論、心の中でだけだが。

宥める様に優しく頭を撫でてやれば、ゆっくりと話し始める。


「雄二の…全てが好きに決まってるじゃないか」


餓鬼みたいな、月並みの台詞に手を止める。


「何かが今の雄二と違ったら僕は好きになって無いよ」


そこはマンガや小説見たく、どんな俺も好きだと言えよ。


「その顔も、体も、心も、過去も未来も今も、全て、雄二の全てが好き」


俺が欲しかったのは、まぎれもなくこの台詞。

求めて欲しかったのは俺の全て。









いつだって僕はあなたの想い確かめたくて。

逃げてしまった心を、今日も一人で追いかけるよ。

僕の想いの大きさは届かないとは知っているけど。

だからあの時は 泣いたんだ。

だけどその言葉の何処かに、あなたが隠れているのならば。

無理矢理でもその点と点を繋げて。

あの星座みたいに、その心の形を分かった気にさせて。

いつだっけか、君が指差して教えてくれた。

ペガサスも孔雀もオリオンも、言われたってんなの分かんないよ。

乙女も牛もヤギもコンパスも、どれ一つそうは見えないんだよ。

あのあたりが時計の針だって、どっから見ても無理があんだろう。

もしもあれが双子の一人だって、言うならば僕はもう何にだって...


ソクラティックラブ@RADWIMPS

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