めいん

□赭い時
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「ごめん、ごめん…」

「何を謝っておるのじゃ」

「みっともねぇよな、馬鹿みたいだよな」

「それもお主の一部であろう」

「俺なんて居なければ・・・」

「完璧な人間なんておらんのじゃ」

「秀吉っ」

「ワシの前では、泣いても良いのじゃぞ雄二」


────

今日は珍しくいつもに比べ部活が早く終わった。

教室に古典の教科書を忘れたことに気づき、片付けもそこそこに足早に部室から抜け出した。

夕日に染まる時間。

学校中が緋色で彩られている。

部活の無い日なら家におり、部活の日には光の入らない舞台の上。

珍しい風景に気分も浮かれ鼻唄混じりに廊下を歩いていた。


『なんじゃ?』

Fクラスの教室から物音が聞こえた。

部活に入っている生徒は活動している時間、他の生徒は帰っている時間。

『Fクラスに残って勉強するような輩、おらんはずなのだがのう』

変に胸騒ぎを感じながら、それでも教科書を取らなくてはならない故に意を決して扉を開く。

「誰かおるのか?」

紅に染まる教室。

散乱したシャーペンやらの筆記用具。

もはや列をなしていない机。

裂かれたノートの切れ端と残骸。

そしてそこに佇む背景に溶け込む程に赭い髪をもつ我らの代表。

「雄二、お主何があったのじゃ!?」

喧嘩でもしたのかと、慌てて近づく。

そして、気付く。

この荒れ方は一方的に1人が行ったものだと。

これは雄二がやったのだと。


雄二は何処か朧気で。

未だワシの存在にも気付いていないようにも見えた。

酷く歪んだ顔が泣いているようにも見えた。

「秀吉・・・」

そんな痛々しい顔で、無理に笑おうとなんてしている雄二。

其が何故か凄く堪らなく愛しい。

考えるよりも先に体が動いていた。

自分よりも幾分背の高い体を精一杯に抱き締める。

彼の壊れかけた瞳を見たときに、闇を孤独を覗いた気がした。

この惨状を造り上げた彼の精神状態が手に取れた気がした。

2人の温度が溶け合う間に、少しずつ正気に戻るのが分かった。

泣かない雄二の替わりに、ワシが泣いてしまいそうだった。


ものの1分もしないうちに、雄二は再び瞳に光を戻した。

直ぐに状況を理解した雄二はワシに謝り始める。

もう必要じゃないと分かっていながら、抱き締めた腕を離せずにいるワシがいた。

声を聞く度愛しさが跳ね上がる。

この場に自分が要ることが堪らなく嬉しい。

「ワシの前でなら泣いても良いのじゃぞ、雄二」

泣かない、のではなく泣けないのだとも分かっていた。

「ありがとうな」

雄二がワシを抱き締め返してくれる。

もしかしたら気付いているのかもしれない。

ワシが今こっそりと泣いてしまっていることに。

紅く染まる教室。

その一角。

この時が永久に続けば良いのに。

せめてこの温度を永遠に記憶出来るように。

精一杯に体をくっつくる。



彼は泣かない。

プライドが理性が信頼が期待が其を許さない。

彼は諦めない。

プライドが理性が信頼が期待が其を赦さない。

その反動が、その綻びが、

ここに続く。


孤独に苦しむ彼に続く。


抱き合っている指先から、

お主の痛みも苦しみも悲しみも全て分かち合えれば良いのに。


そんな、赭い時の話。

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