めいん

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木下優子は苛立っていた。

朝から目覚ましが機能しなく、五分も寝坊した。
朝ご飯担当の駄弟は、塩と砂糖を間違えるという典型的なドジをかました。
いつもの制服が見つからず、女王―つまり翔子の―趣味で買わされた燕尾服を着るはめになった。
昼には翔子に秘蔵のBL小説を見られるという失態。

しかもそれが先生×美少年(ショタ)のハードエロだったのが尚且つ悪かった。
流石の翔子も眉を寄せた。


「・・・優子、これは無い」


きっぱりと否定された自身の趣向を前に、さすがに落胆せざる負えなかった。


(べ、別にいつもこんな本ばかり読んでいる訳じゃないわよ!!)


秀才として女王に売っていた建前上、酷くプライドが傷ついた。
唯一の救いは、優子が女王付きではなく、王付きの第一秘書だった事だ。
もしもここで自身の直属の上司に同じことを言われていたら。
彼女の心は完全に崩壊していただろう。


そうして極めつけは、今。
目の前の男の発言。


「お、秀吉!またあったな。燕尾服か、それを見ると男にちゃんと見えるな」


双子の弟、秀吉に間違えられるのには慣れていた。
男だと思われるのも、中性的で短髪―と言っても肩に掛かる程はある―から許そう。
ただ、秀吉よりも、男に見える発言はどうしても許せなかった。


「こ・ろ・す!!」


一気に吹き出した殺気に、先ほどの無礼な男は身構える。
鬼の形相まさにそれが似合う程の迫力。
優子は男に目掛け、仕込みナイフを投げつける。
それも一本ではない。
五本、六本、手当たり次第に裾から出しては飛ばした。


男はそれをいとも簡単に避けた。
人間の、しかも女の投げた武器の速さなどたかが知れてよう。
元々優子は戦闘要員ではない。
任務によっては人を殺めることもあるが、後ろから急所を一突きで倒す方法しか習っていない。
そんな彼女と男の能力の差は一目瞭然だった。


男は、考えた。
先ほど剣を交えた秀吉という男は、此処まで弱かっただろうか。
感じた殺気は鋭かった。
けれどそれに見合っただけの戦闘能力も、センスも、見て取れなかった。


そうして、彼は秀吉に言われた言葉を思い出す。
第三講堂には、姉上が居る。

(そうか、こいつは秀吉が言ってた姉上・・・つまり女か)

男は納得したところで、もう一度優子を見た。

怒りを灯した顔に、交渉の余地はない用に思えた。
だが、ここで諦めるような男ではない。

優子はと言うと、自らの攻撃を全て出し尽くし、少しだけ冷静さを取り戻していた。
男が発した、秀吉と言う言葉に猜疑を掛ける。

自分の記憶に、この男は居ない。
城の人間ならば、全員把握している。
新しい人間を雇うのに、私を通さないことはありえない。

と、そこまで思考を巡らせ、優子は男を再び観た。

男は次に、優子が何をするだろうか目視していた。

折衝にあたる隙があるのなら、是非とも突きたかった。
そして直ぐ、自分が探られていると気づいた。


ならば、と男は口を開く。


「先程は済まなかった。無礼な真似をしたな」


自分に戦う意思はないと、両手を挙げる。
優子は未だ警戒を解かず、目検を続ける。


「俺は、木下秀吉に言われ此処まで来た」


再び出た自らの弟の名前に、眉を顰める。
弟の思惑が、優子には今ひとつ分からなかった。
賊や内通者ならば、その場で秀吉が捕えれば良い。

わざわざ私の所に連れて来る理由は。


「貴方、名前は?何のために此処に来たの」


この質問は半分は好奇心かもしれない、と優子は思った。
見るからに王の許可は得て居ない素振り。
本当ならば、さっさと此処から追い出すべきなのかもしれない。


「坂本雄二だ。此処には職を探しに来た」


雄二は、今日二度目の答えを笑顔で述べる。
その笑顔に、優子の苛立ちは吹き飛ぶ。


(秀吉は、この男を相当気に入ったようね)


職を探しにこの城を訪れる者は少なくない。
だが、大抵が秀吉により追い返えされる。
無事門を抜けたものも、厳しい試験や訓練の前に姿を消す。


大体、この城に居る者は皆子供の頃から、詰まりは親子代々此処に仕える。
だから外部の人間など、よっぽどの能力が無ければ雇わない。

色々な手続きをすっ飛ばして優子の所に仕向けたと言うことは、秀吉なりの合格させてくれという懇願なのだ。

もう一つ、優子が確証に至った理由がある。

何度も言うようだが、優子と秀吉は双子である。
二人は同じ思考を持ち合わせているため、趣向も酷似していた。
詰まりは、優子が気に入れば秀吉も気に入る。

そして優子は、坂本雄二の姿、声、強さを気に入った。

恋愛感情ではない。

秀吉をも唸らせたこの男なら、必ずいい仕事をするだろうと踏んだのだ。


「良いわ。此処で働かせてあげる。何の仕事がしたいの」


あくまで上から。
それが優子のスタンスだった。


雄二はその言葉を聞いて、微笑んだ。
これは安心した笑みではない。
これからの躍進を目指した、野心から出た笑顔だ。

雄二は大げさに礼をしながら、答える。

「頂けるのなら、どんな仕事でも致して見せましょう」


この言葉は、彼の本心だった。
彼は自信家故、自分の可能性を自分で潰す事はしたくなかった。
実際、どんな仕事でもこなすだけの能力は備わっていた。


だが、優子は嫌疑な顔を見せた。
この男の強さは認めよう。
だが、どう見ても頭は空っぽそうだった。

こんな男に事務や通訳、秘書の仕事が出来るのだろうか。
どんな仕事をする、と言うのが少しだけ癪に触った。


「貴方、文字は書けるの?」


下賤の者は自分の姓さえも文字には出来ない。
実際優子も、文字を書けるようになったのは隠密から足を洗ってから。
数年前の事だ。


「母国語は勿論、ラテン、ケルト、ヒエログリフ、ブラーフミーまでなら識字出来ます」


雄二はさらり、と言い放った。
優子さえも聞いたことしかない言語。
それを読み書き出来ると宣言した彼に、優子はただ呆然とした。


(この男、どこまでが真実なのか分からないわ)


全てを鵜呑みにする程愚かではないが、優子は確かに興味を持った。
この人をもっと知りたい。
好奇心は膨らむ。


「分かったわ。ならば貴方は私の補佐として秘書見習いをしてもらうわ」


勿論、始めだから給料はそこそこだけど。
そう言って優子は雄二の肩を叩いた。


講堂の雅な内装。
アンティーク調の北欧家具の物書き机の引き出しから、用紙と羽ペンを取り出す。
簡単な契約書。

だが、この城内ではこの紙切れが絶大な効力を持ち、時として王にも牙を剥く。

雄二はペンと契約書を受け取り、サラサラと名前を書き上げる。
癖のない流れる文字に、優子は見とれながら、数分前に自ら投げたナイフを壁から引き抜く。

雄二の手をつかみ、指先に薄く傷をつけ、己の手にもナイフを立てる。
これが契約の最後の儀式。
二人の血を混ぜ、用紙に印を与える。


「汝と我の混血、神と精霊と主の御心に、この契約を・・・」



「ちょっと待って!!」



開け放たれた扉、乱れた衣服と髪。
肩で息をする栗毛色の少年。



運命は引力の用に、その手で二人を引き合わせた。

物語は、未だ続く。

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