めいん

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男は武人の生まれだった。


幼い頃から智栄に優れ、賢く、神童と慕われていた。

必ずや将軍として成就するだろうと、彼を知る全ての人が思っていた位だ。

彼もまた、それがまんざらでもなかった。

彼は自尊心が高かった。

聡いことが一番大切で、その他は全て無駄。

将軍になる為に武術を学ぶなど、ナンセンスだとさえ思っていた。

それが故、幼い彼は武人としては儚く、弱かった。

だが、親も周りもそれで良いのだと止めなかった。


実際、彼は力などなくても戦略と知識だけで成り上がれると自負していた。

知識に貪欲。

その言葉が似合いそうなほど、彼は各国の言葉を学び、歴史を学び、全ての本を読み尽くした。


そうして彼が成長し、戦に出れるといった頃事件が起きた。

祖国が隣国と平和条約を結んでしまったのだった。

詰まりは戦争の終焉。


戦争で英雄に成る事だけを考えていた彼は絶望した。

沢山の知識を持っていようとも、それを発揮する場面がなければ意味がない。

武人と言えども、平民でしかないこのご時勢。

戦がなければ出世など望めやしない。

まして力があれば、まだ話は別だろう。

競技場に行き、勝ち進めればそれなりの金と職は保証される。

実際、ほとんどの武人はそうやって仕事を見つけている。


だからこそ、彼は己の過去を悔いた。

躰を鍛えることをしていなかった彼は、未だ力は人並である。

齢14にしては細すぎる躯は個人の戦い、とは酷く程遠かった。


だが、そこで絶望だけで終わらないのが、彼の長所であろう。

何かの歯止めが吹き飛んだように、彼は喧嘩にのめり込んだ。

我武者羅に殴り合い、臨場感を楽しむ。


かつて、戦いの為に集めた知識。

人間の急所と戦略の大切さ。

しかしそんなもの、彼の頭から飛んでいた。

彼にとって、これは戦いではなくただの殴り合い。


いつの間にか、彼は力と強さ、そして最強の称号を手に入れていた。

悪鬼羅刹。

彼に送られた言葉が、彼の本質を司る。


だが、彼は競技場に行く気はなかった。

彼が求めたのはそんな陳家な戦いでなかった。


彼は、家を出た。

目指したのは国で一番の権力者。

この国のどこからでも見える城の頂上に君臨するかの人。

成り上がる気持ちは、未だ消えていない。


男は王族や貴族、豪族を軽蔑していた。

下賎な者が貧困に喘ぐ中、絢爛豪華に殉ずる彼らは侮蔑してしかるべきだと考えていた。


だからといって、闇雲に悪態を付くわけでもない。

その金を搾り取れるのなら極限まで絞ろうと思う位に、彼は野心がある。


幼い頃から手に馴染んた剣と、愛馬を連れ、父のスーブニールである式服を纏い、城の門に立つ。

城は町外れの山奥にあるため、周りに人はいない。

そして勿論インターホンなどない。

そっと、門に手をかける。

力を込めても、開く気配はない。

内側に巻き取り装置があり、外部からの侵入は出来ない構造になっている。

だが、男も開けることが目的で手にかけたのではない。


音もなく、黒い男が背後に立った。

刃を抜く気配を感じ、瞬時に彼も剣を抜く。


――キン


金属特有の甲高い音があたりに響く。


振り返り、その顔を確認すればそこには若い男。

(・・・女か?)

素早い身のこなし。

絡み合った視界。



「お主、何者じゃ」


幾ばくもなく、男が声をかける。

それを合図に、彼は剣を収める。


「俺は坂本雄二だ。仕事を探している」


品定めするように、雄二を見つめ、男は笑った。


「ワシは木下秀吉じゃ。ここでの仕事なら、まずはワシの姉上にあってみるのが良かろう」


そう言って、門の直ぐ隣にある隠し扉から招き入れる。

それにぎょ、とした顔をしたのは雄二だった。


「お、おい。俺が言うのもなんだが、こんな怪しい奴ほいほいと入れていいのかよ!?」


秀吉は涼しい顔で答える。


「ワシがお主を気に入ってしまったからの、良いじゃろう」


ひょいひょいと軽く壁を上り、屋根に飛び乗る。

それを見上げている雄二に手を差し伸ばしながら続ける。


「それに、お主が王を殺そうとしたところで、ワシに敵う筈もないのじゃ」


にやり、と不敵に笑った秀吉に、雄二も綻ぶ。

秀吉の手を無視し、自らの力で屋根に登る。

秀吉は、さらに笑みを深める。


「そこに見えるのが、第三講堂。ワシの姉上が居る。ワシの名前を出せば、事の流れは察してくれよう」


この先は、一人で行くのじゃ、と秀吉は肩を叩いた。


「おう、ありがとうな」


飛び降りるのと同時に、雄二は言った。

返事はない。

振り返ると、もう既に秀吉の姿はなかった。


此処には強い奴が沢山居る、と雄二は一人歓喜に震えた。

乾きかけた何かが、また潤い始めた。


賽は投げられた。


一歩、足を踏み出す。

その選択が、この先多くの者の人生を左右するとは知らずに。


物語は未だ、続く。

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