めいん

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「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰?」


純白の礼服を身に纏い、鏡の前に佇む少年。

美しいその横顔からは想像出来ないほどの残酷な示唆を含ませながら、彼は笑った。


「それは貴方、明久様です」


ふわり、と鏡に移り込んだのは桃色の少女。

鏡姫、瑞希と呼ばれる精霊は、真実のみを口にする。

明久、と呼ばれた少年はほくそ笑む。


「だよねー、母上なんてもう目じゃないよね」


「ええ、翔子様よりも明久様の方が何十倍も美しいです」



鏡は元々彼の母親つまり女王翔子の所有物である。

珍しい物好きの彼女は、世界中の至る所から珍しい物を集めては城でそれらを愛でた。

この部屋も、彼女の趣向により作られたものなのだが。

彼女は早々に息子の明久に鏡を譲った。


彼女が鏡を手放した理由は、決して自分に対し賛美を送らなくなったから、ではない。

世界で一番の美人として有名な彼の母親は、自身の美貌などに興味はない。

だから、鏡からいくら讃賞を得たところで無駄にしかすぎない。

とどのつまり彼女は鏡と戯れることに飽きたのだ。


そして明久は知らない。

鏡は真実を語るが、その「美しい」は個人の体裁。

つまりは瑞希の好みでしかない。

世界一般の評価で言えば、明久よりもその母親の方が何十倍も美しい。

その事実を知らずして、明久は浮かれ、自らの母親に勝った積りでいた。


明久が翔子を敵視するのは、類似した嗜好にあった。

平たく言えば、幾度となく二人は同じ男を取り合ったのだ。

彼は同性愛者であることを否定するが、女性より、男性に強く惹かれた。

しかも、美少年よりも引き締まった170超の男が好きという点で、彼の本質が測れよう。


名実共に世界で一番美しい女王、美しいと言えども性別は男の明久。

勝敗は直ぐに見て取れよう。

明久は母親の美貌に誰よりも嫉妬していたのだ。


そして今度こそ。

彼の愛した相手を誰にも取られぬ様、躍起になっていた。


「ねぇ、鏡。僕の運命の相手、いつ位に現れそうかな」


輝いた、という形容が似合うほど澄んだ瞳で、明久は瑞希に尋ねた。

鏡を手に入れてから、何度もしたであろう質問の答えは、いつだって同じ。

『その時になってみないと分かりません』

鏡は、多少の未来は視れるものの、果てしない未知を当てることは出来ない。

彼女はあくまでただ、真実を述べるだけなのだ。


ところが、今日は違った。

暫くの沈黙。

いつもとは違う空気に、明久は鏡を覗き込む。

長い髪を靡かせながら、瑞希はあっさりと言い放った。


「本日三時に、第三講堂に行ってみてください」


きっと、素晴らしいお相手に出会える筈ですよ。

そう目を細めた彼女に驚いた顔をした明久は、声を上げる。


「三時って、あと二分しかないじゃないか!!」


鏡の間から第三講堂は、普通に歩けば十分は掛かる。

運命とは皮肉なもので、少し時間がずれるだけで、簡単に覆る。

瑞希はそう明久に何度か諭したことがあったが、その言葉が明久の頭に巡った。


思考よりも行動が先になるのは彼の長所であり短所だろう。

明久は、お礼もそこそこに走り出した。


栗毛色の髪が跳ねるのを横目で見ながら、瑞希は溜息をついた。


「今回はどうも、敵が多そうですよ、王子様」


彼女がその目でどんな未来を観たのか。

物語は、未だ続く。

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