めいん

□すとーむらいだー
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少し考えれば、当然な話だ。



こんな嵐の中、電車は運休。

生徒、ましては教員だって足止めをくらい学園はものけのから。

そりゃあ文月学園だって、休校ぐらいする。

だが、朝の寝ぼけた、しかも翔子との攻防を繰り返し疲労した頭にはその考えは1ミクロも浮かばなかった。

さらに悪いことには、徒歩圏内に有る通学に運休など関わりは無い。


そんなこんなで、俺は自分の教室に着くまで休校と謂うことに気づかなかった。






暫く己の馬鹿さを後悔してから、自分の置かれている状況に眼を向けた。


雨と風は酷くなる一方で、今更家に帰るのは不可能だった。

携帯で迎えに来てもらおうにも、この急な坂道を車で上がるのには骨が折れる。

さらに雨で視界が悪く、タイヤがスリップする可能性だってある。

大体、家に今はあの母親だしな。

連絡をする当てもない携帯電話を確かめてみる。

新着も特になし。

天気予報だけ見ようとネットに繋ぐも、昼まで続く予報に肩を落とす。


仕方なしに、その辺にあった座布団の上に腰を下ろす。

何もする気が起きなくなった。

どうせする事も無いのなら、いっそこのまま寝てしまおうと。


それに、翔子に邪魔されずに済む睡眠など、思い起こせば久々だった。



考え方によれば、ラッキーだったのでは無いか。

昼までの時間をたっぷりと昼寝に費やせる。

誰にも邪魔されない自分だけの時間。



…そんなわけはないか、と自嘲気味に眼をつぶった。

雨の中、坂を上った疲労とこれから家へ帰る徒労。

無駄だらけだ、少しも合理的でない考えだ。



ガタガタ、という激しい音に、気だるく眼を開く。

何か来たのか、とも思ったが犯人は明確だった。

雨が少し、強くなった。



窓に吹き付ける雨に、舌打ちをする。



尋常じゃない風に、クラスの壁が軋む。

唯でさえボロい教室。

硝子の割れた所から、雨が吹き込む。

しかも床は畳だ。


七月の初めだと言うのに、妙に暑い気温。

このまま放っておけば、黴が生える事なんて必須だった。


仕方なしに重い腰を上げて、ロッカーの上にあった画版とガムテープで窓の穴を塞ぐ。

さらに、他の窓の強度を高めるために、段ボールも使って補強しておいた。

これで暫くはもつだろうと。


しかし、暑いな。

湿度が高いせいか、服と肌の間の重みが不快に感じた。

少し雨に当たったせいもあるのだろうが、全体的に湿った髪。


意識すると余計に暑くるしく感じる。


大体、なんだってこんな設備の悪い部屋に押し込まれなきゃならねぇんだ。

勿論それは成績が悪いせいなんだが。

いっそAクラスの設備を我がもの顔で使ってやろうか。

どうせ俺以外に学校にいる奴なんていないだろうしな。


そう思いながらも、動く気なんてさらさらなかった。

Aクラスの設備は、戦争に勝利した自分への褒美だ。

その達成感を今味わってしまうのも、癪に障るし。


ならばこの思考さえも全てが無駄なのだが。


つまりは、こんな下らない事を考えるほどには、凄く暇だったのだ。



せめて他にも人間がいてくれたらな。

そう、教室を見渡す。


だが、こんな天気の中登校してくる奴なんている筈もなく。

しかも俺が来た時よりも、何倍にも悪天候。

もし、来る奴がいるとしたら、それは大馬鹿もんだろうな。


―トタン、トタン…


…足音?

こんな雨の中、俺以外の人間が…?

いや、きっと風の音と聞き間違えただけだろう。


―トタン、トタン…


無人の学校。

足音…。

これ本当に…いや、そんなはずは。


―トタン、トタン…


聞き間違いなんかじゃない、

近づいている。


俺はとっさに島田が明久拷問の為に常備しているバットを手に持つ。

そして扉の前で構える。


教室の前で足音がとまった。


さあ、こい!!


ガラガラ、という音と共に扉が開かれる。


間髪入れずバットを振り切る。

「くらえ!!」


「皆おはよぐっはぁーー」


綺麗に飛んだ。

なんだ、ちゃんとした人間だったのか。

こんな天気で学校に来るなんて、コイツもとんだ馬鹿だな。


「…一応言い訳を聞いておこうか…」


地面に突っ伏したまま、馬鹿もとい明久は呻いた。


「自らの本能に従ったまでだ」

「殺す!!」


明久は光の速さで飛び起き、掴みかかってきた。

俺はバットという武器を持っているのに、本当にコイツは馬鹿だ。



「んで、お前はどうしてここにいるんだ」


明久を床と友達にしてから、声をかける。

きょとん、という擬音が似合いそうなほど間抜けな顔で、俺を見上げる。


「なんでって、…そう言えば皆は?」

「休校だ馬鹿」


間髪入れずに突っ込む俺に、明らかに落ち込む明久。

落ち込みたいのは俺も一緒だ、馬鹿。


「くっそ、こんな事なら家でゆっくりゲームでもしてるんだった!!三十分前の自分を殴ってやりたいよ」


状況を理解して、明久は喚き散らす。

それを引き換え、俺の心は穏やかになる。

それが被害者が二人に増えた為の安堵かは分からないが。


「まぁ落ち付けって。そう喚いたって状況は変わらないだろ」


幾分心の余裕が出来た分か、俺は笑って見せた。

そんな俺を見ながら、明久も落ち着きを取り戻す。


雨が強くて帰れないのも、暑苦しくて鬱陶しいのも変らないが。

それでも退屈さが薄れただけで、何処か晴れ晴れとした。


「まぁ思いようによっちゃラッキーだったのかも…」



数分前の俺と同じような事を零した明久に、どうして、という様に目を向ける。

さっきまでの不快な表情は一気に晴れて、明久はのたまう。


「だって、雄二と二人っきりだしさ」


そんな事を言う明久に、俺も続けて応える。


「まぁ俺も二人になったのが明久で良かった。気遣わなくて済むしな」


ラッキーかどうかは別として。

半分は皮肉。

その残りの半分は…


「何を言っておるのじゃ、二人っきりじゃなかろう」


急に後ろから声が聞こえ振り返る。

見知った聲、見知った顔に驚きを隠せない。


「秀吉、お前も来てたのか!」


秀吉は、明久の事を一瞥してから、俺の前に立ち答える。


「演劇の自主練で少し早めに来ていたのじゃ。その頃はまだ雨も酷くなかったしの」


秀吉は演劇に誰よりも直向きで、努力を欠かさない。

その真摯な姿勢は見るもの全てを魅了する。



「酷いよー秀吉。もう少し二人にしてくれたら良かったのに…」

「ワシがそんな事をするわけがないじゃろ、三分でも一緒に入れたのだから良いではないか」

「そんなー」


秀吉がいる、という事は当然あいつも居そうなもんだ。

よし、此処はかまをかけて…


「秀吉、お前スカートめくれてるぞ」


シュ←何かが現れた音


「ワシはスカートなど履いておらぬのじゃが…」


カシャカシャ←シャッター音


「やっぱりいたか…」


「わぁおはよームッツリーニ」


気付かれた、と言わんばかりに驚いた顔をした土屋。

やはり秀吉の居る所にはムッツリーニだな。


「流石、雄二の傍にはムッツリーニだよね」

「じゃな!!」


…訳が分からん。




そうして、台風が俺達の頭上を去るまでの時間はあっという間に過ぎて行った。



―――

4人でいれば、不幸も笑いに替えられるって話!!

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