めいん

□サクラクラリ
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夜の桜、月に照らされ妖しくも美しい花弁。

昼とは違う、冷たい風。

揺れる枝先に綻ぶ桃色。


「夜に来て正解だったなぁ」


感嘆の声をあげる悪友に、小さく頷く。

花見スポットからは外れて居る為か、辺りには人も少なく居心地も良い。

レジャーシートなるものも用意してない僕らは、地面が乾いてるのを確認し座り込む。

見上げた夜空。

満天の桜吹雪。

手にはペプシとスルメイカ。

瞼はシャッターの様に、脳裏に焼き付かせて行く。


右隣に座っている雄二も同じように、ゆっくりと瞬きを繰り返す。


野郎2人で行う花見。

滑稽なその姿を笑うものは何処にも居ない。


雄二が僕の隣にいる。

其が酷く自然で恐ろしく不自然だった。


月に透け、柔く発光する花々。

まるで、1つの生物のようで。


この桜の下には、きっと死体が埋まっているね。

そうでなければこんなに綺麗に咲く筈ないもの。


口には出さず、そう推測をする。

言葉にすれば、雄二は僕より何倍も達者な詞で僕を馬鹿にするだろう。

まるでロマンの欠片もない瞳で僕を蔑む姿が目に浮かぶ。


「掘ってみる?」


何を、とも言わず怪奇な文。

小さく溢した僕の囁きに、雄二はやんわりと言葉を重ねる。


「確かに、埋まってそうだな」


何が、とは口に出さない。

全てを説かなくとも、僕が理解すると分かっている。

肯定された桃色に気分良く、炭酸を煽る。

喉で弾ける感触は、心地よく脳を刺激して。

喉を焼く痛みは、彼を盗み見る僕の心に似ていた。


もし雄二を此の下に沈めたなら、きっと赤く染まるんだろうね。

スルメイカを咀嚼する彼の赤をそっと覗き込む。

血液よりも、もっと緋くて純潔な瞳。

彼の髪は月に照らされ妖しくも雅に揺れる。

鬣の様に、雄々しくも優雅に。


「昔さ、桜の花弁を地面に着く前に掴めれば願いが叶うって本気で信じてたんだ」


空に伸ばした腕は何にも触れず、ただ宙を掻く。

隣でペブシを開けた気の抜ける音がした。


「へー、」


喉に流し込まれた二酸化炭素に咽ぶことなく雄二は言葉を続けた。

「今は、信じてないのかよ」


僕の位置からでは笑っているのか真面目に言ってるのかも分からない。

引き寄せた手をゆっくりと開いてみても、やはり中には何もない。

子供の頃の、はしゃいだ姿を思い出す。

後少しでふわりと逃げる。

期待に胸を膨らませ、開いた手の喪失。

いつの間にか、落胆よりも大きくなった諦め。


「僕も大人になったからさ」


良い意味でも、悪い意味でも。

大概の事は成るように成ると理解した。

どんなに願っても叶わない祈りが在ると気付いてしまった。


風に木が揺れる。

土埃は天に舞い、其所に在るだろう誰かの屍を露呈させようとする。

その恵風は、世界に桃色の粒子達を解き放つ。

2人して天を仰げば、感嘆の聲は空に滲んで消える。


一つ一つの花弁が、個別の生き物の様で。


僕らの世界が平等に色付く。


スルメイカもペブシも飲み込んで、雄二が笑う。


「帰ろうぜ」


「そうだね」



別々に歩み出す先。

その先にも、平等に降り積もる花弁。

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