めいん3

□夏の終わり
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「寒い…」

そう漏らした僕の聲に、赤い瞳は揺れる事もなく目の前に居る敵を薙ぎ払う。
何を目的としたでも無い攻撃は着実に赤く表示された物を一掃していくが、物語は一向に進まない。
増える討伐数が逆に虚しくて、それでもその紅い瞳は画面を捉えた儘だ。
そして僕も、一撃で眼前の敵を蹴散らす快感にコントローラーを握り締め早くも6時間が経過しようとしている。

夜中から始まったこの狂乱に、辺りには光が灯り新しい1日の始まりを告げている。
静かだった空に鳥や虫が鳴き始めて、あぁ…世界が動き始めた…、なんて思う。
その事実に焦燥を感じる事もなく、僕はぼんやりと続ける。

「…夏なのに、何でこんなに寒いんだろ」

連日降り続いた雨のお陰で、一気に気温は下がり、夏は何処かへ行っていしまった様だ。
地球温暖化なんて嘘だよ。
僕の世界は、こんなにも寒いじゃないか。

画面から聞こえるソイヤ、ハッ、なんて威勢の良い声が僕等には余りにも不釣り合いで間抜けで、ちょっとだけ笑う。
隣で軍師に褒められた悪友は、僕の話などまるで聞いてはいないのに、僕は更に続ける。

「秋ってさ、僕あんまり好きじゃないんだ…」

何故?と問う言葉は聞こえてこない。
そういえばもう随分と彼の聲を聞いていない気がする。
相変わらず耳につくのは戦情を伝える豪傑と切られて逝った猛者の叫び。

返事が無いからこそ安心して話せるのかもしれない。
どんなに馬鹿な事を言っても、出てきた武将に夢中な赤い髪には否定されない。
その保険は、僕を雄弁に多弁にさせる。

「…秋はね、死体で溢れる季節なんだよ」

夏の終わりはどこもかしこも死体の匂いに包まれる。
長物を振り回して屍を積み上げながら僕は言う。
きっと、夏って謂うのは生き物なんだ。
だから、秋になると死んでしまうんだね。

警戒音と共に音楽が切り替わり画面が赤く染まる。
城内に火が付けられたのだとご丁寧に解説する軍師の命令に背く様に敵を屠る。
変な所で律儀な彼は、赤い丸を全て駆逐しなければ気が済まないのだ。

「だから、こんなにも虚しくなる」

吐いて出たのは恐らく僕の本音だろうか。
逢い見えた敵将に勇んで行く自らを遠くで見つめて、ぼんやりと考えた。
隣に座る赤の刃が何事もなかったかのように止めを刺して、物語はハッピーエンド。
今日もまた、僕らの活躍で魏軍の平和は守られた。
見慣れたエンドロールを見送りながら、いい加減睡眠を欲しているだろう瞳を擦り、赤い髪は揺れる。

「もう終わりにしようか」

赤い瞳が僕を捉える。
そして何かを言いたげに口を開き、何も言わずに閉じる。
そして、無言でニューゲーム。
釣られる様にスタートボタンで参加をすれば、装備もおざなりに戦闘開始。

「…俺は好きだけどな」

ボソリ、とかき消されてしまいそうな程小さな声を雄二は発した。

「え?」

余りにも唐突で思わず間抜けな声が出てしまう。
雄二はさっきまでとは打って変わり、物語のカギとなる武将だけを狙って攻める。
馬に乗り駆けて行く雄二の使う武将に必死について行く僕。
その合間に、そっと雄二を盗み見れば気持ち悪いほど笑顔で雄二は宣う。

「秋は、明久の季節だろ?」

下らな過ぎて、思わず笑ってしまった。

「寒いよ、雄二」

「あぁ、寒すぎるな…でも」

グイッと、体が雄二に引き寄せられる。
雄二の体温が、服越しに伝わり心拍数が上がる。

「二人でいれば、暖かい」

雄二はだいぶ寝ぼけているようだ。
柄にもなくいろんな意味で寒い言葉を連発する悪友に、憐れみの目を向けて僕は寄り添う。
あぁ、暖かい。
どうして、雄二の赤はこんなにも暖かいんだろうね。

不意に画面から野太い声が聞こえ、我に返る。

「…あ?」

「死んだ…」

クスクスと笑いながら電源に手を伸ばし、終了の合図。
そのまま二人、繭みたいに丸まって寝ころんで。
夏の終わりをゆっくりと待つとしよう。

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