めいん2

□アンビバレンス
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前方に彼の赤を確認した俺は、思わず眉を顰めた。
過去の屈辱を甦らせる男の姿に不愉快しか浮かばない。

クラス内で、信用が極端に下がったのも。
彼女に振られてしまったのも。
そして何よりも、こんなに嫌な気分になるのも。
全て、あの朱を纏った奴のせいだ。

坂をゆったりと上る彼を尻目に、俺は歩みを速める。
あいつより自身が後ろにいるなんて、耐え難い苦痛だ。
この行動は別に、坂本に自分を認識して貰おうと起こしたわけではない。
けれど結果として、追い越した俺に気づくことなく坂本はいつものスピードで進む。

不愉快だ。
何故か異様に不愉快だった。
胸の奥がムカムカする。

「死んでしまえ」

急に振り返ってそう告げた俺に、坂本は驚いた顔をする。
だが、直ぐにニヤリと笑った。

「奇遇だな、俺も同じ事を思っていた」

さらりと返す言葉に、俺の心臓は高揚する。
何を言っているのだこの馬鹿は。
俺が声を掛けるまで、俺の姿を認識すらしていなかった癖に。
熱を灯すした肺から吐き出す息を、声帯が揺らす。

「調子に乗るなよ、カスの分際で」

散々な暴言に眉も歪めず、勝気な表情でのたまう。

「そのカスに負けたのは何処のどいつだったか」

憎たらしく笑う奴に、俺は後ろを向く。
決して、反論出来なくなったからではない。
心のそこから湧き上がる感情が、制御不能となりそうだからだ。
自身の顔は、ひたすらに赤くなっているに違いないのだ。
血が滾り、鼓動が増すのが分かる。

奴を置き去りに、俺は歩みを進める。

あぁ、彼の声を聴く度に大きく跳ね上がる心臓。
彼の残像が焼きついて離れない。

憎しみ、恨み、負の感情全てを彼に向けながら。
自分の存在を主張したい願望の先の。
あの強い瞳に映るのが自分であれば言いという浅はかな欲望。

それは、まさに。

恋などという陳腐さとは違う。
殺してしまいたいほどのこの強い思いは。

一見矛盾する感情を抱いたまま歩みを進める。
愛憎という言葉が在るように、きっとこの二つは隣接しているに違いない。

ならば、この自分の思いは、決して矛盾ではないはずだ。


アンビバレンス/矛盾

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