めいん2

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闇に融かされていく世界。
光との均衡を失い、暗闇に沈む。

太陽が、堕ちた。

雄二は改めて部屋の中を見渡す。

両手を伸ばせば覆える程の大きさしかない窓。
高さも、自分の身長と同じぐらいしかない。
それでも、その機能に損所は無く。
昼間には十分すぎるほどの景色と光を与えてくれる。
嵌め込み式の様で、開けることが出来ないのが難点だが。

照明は、柔らかな橙黄色。
吊り下げられた調度品は華美過ぎず素朴な創り。
大理石の広間や、煉瓦の螺旋階段よりも親しみ深い。

手荷物を床に置き、雄二は座り込んだ。
休んでいろ、と言われても急遽決まった部屋に寝具は無く。
明久が使っていたであろう倚子は華奢な作りで。
雄二が腰掛けるのはどこか気が引けた。

前室としてこの部屋は魅力的だったが。
寝室としての具足を取り合わせて居ない。
夕食の間に用意してくれるのだろうけれど。
それまでの時間を持て余した雄二は唯ため息を付いた。

そうして、自分が無意識に疲弊していた事に気付く。

馴れない環境での重圧は勿論。
異様な緊張と部外者故の警戒。

ホームシックとはまた違う。
朝に門を叩いた時の威勢もまだ忘れてはいない。
事実、新しい生活に向けて胸は高鳴っている。
それでも拭い去れない嫌な予感と違和感。

きっと、ショウウインドウに並んだ食物と同じ。
否、保健所で明日の死を待つ動物か。
品定めを受ける異端者の雰囲気が肌に纏わり付く。
そんな感じだ。

手持ち無沙汰に、大した物も詰めていない鞄に眼を向ける。
この城に足を運んだ時、手にしていた物は馬と剣とこの革の鞄だけ。
馬は門を通る時秀吉に預けて今は居ない。
この剣を誰も回収しようとしないのは意外だったが。
近衛兵がどれだけ優秀なのか、又は極度の自信家か。
あの秀吉という男の実力から、きっと前者なのだろう。

年季の入った鞄は、激しい動きでも邪魔にならないよう肩と腰に紐がついている。
腰の尾錠を外し、肩の紐を通せば簡単に外れる。
大きさは少し小さいが、入れる物も対してないので問題ない。

こんな事なら本の一冊でも持ってくれば良かった。
そう雄二は無気力に嚢をひっくり返した。

勉強に見切りをつけてからも、読書だけはやめられなかった。
幻想の世界に浸れる現実逃避の唯一の手段。

時代が如何に遷り変ろうとも、物語だけは何度読んでも変わらない。
安心、にも似た心地良さを感じる様に雄二は本を開く。
仮想現実の仮初に浸る。

しかし、此処に或る物と謂えば。
ストリートファイトで貯めた金貨。
城を目指す為の地図と羅針盤。
まぁ、家から城は見えていたから一度も開く事は無かったが。
あとは、水を入れる為の皮袋。

結局の所、暇を潰すための道具など持ち合わせては居ない。

明久の言ったように、夕食の時間まで休んでしまえば良いのだが。
実際夜具がなくとも、座りながら寝る事は可能であったし。
決まった場所でないと睡れない様な神経質な男ではなかった。

だが、この高鳴る鼓動を収めるのは勿体無い気がしていた。
戦がなくなり平和な日々が続く内に少しづつ冷めた心。
それがまた、熱く熱しられて行く様を、雄二は感じて居たかったのだ。

退屈を噛み殺し、低調に陥りそうな時タイミングよく扉を叩く音が聞こえた。
夕食にしては早い気もしたが、現状を変えるだろう訪問者に、嬉々として扉を開ける。


率爾の来客を招き入れる様に。

物語は未だ続く。

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