めいん2

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今日は朝から、意味もなく疲れる日だ。
壁に刺さった全てのナイフを回収し、優子はため息を付いた。
あの、雄二という男。
何故明久様が急に現れた彼を従者として迎え入れたのか。
考えても答えは出ずに、ただ時だけを浪費する。

ふわり、と背後に何かが現れる。

勿論音は無い。
匂いもない。

それでも感知出来るのは、やはり双子の成せる技か。

影に立つように、明久と雄二が去った講堂に秀吉が舞い降りた。
何処から、いつの間に、講堂に入り込んだのか。
それは優子の知るところではないし、知ったところで意味もない。
それよりも、問い詰めなければならない事は沢山あった。


「ひーでーよーしー・・・」

声色だけで、相手の言わんとすることを理解出来るのも双子の生か。
少しでも話題を逸らそうと秀吉は声を発する。

「姉上、何故そんな腐ったみかんみたいな顔をしておるのじゃ?」

勿論、その言葉は大抵が逆に相手を刺激する結果に終わるのだが。

「あんた、何勝手に外部の人間を城に入れてるのよ!?」

何のための門番、何のための仕事だと思ってるのー!!
早口で捲し立てる優子に、秀吉は口を挟む暇もない。
だが、いつも姉には届かない悲痛な叫びは木霊する。

「あ、姉上、右腕はそちら側には曲がらないのじゃ・・・!!」

ちゃんと話を聞いて貰えるのはいつも手酷いお仕置きが終わった後だと、諦念している。
それでも口から滑り落ちる恐怖への抵抗は、自分の意思で止める事は出来ない。

「それより、あの男はどうなったのじゃ?」

腕を曲げる力を利用して体を翻す。
突然力を掛ける対象を失った優子の重心は其れ、バランスを崩した。
その隙に上手く優子の腕から逃れ、一定の距離を置き話しかける。

先ほどの契約書を取り出し、優子は秀吉に投げつける。
その死角に入る様に一本のナイフと共に。

秀吉は、軽々とナイフを掴み、契約書を受け取る。

「明久様の従者になったのじゃな・・・」

さらりと文面をなぞり、秀吉は優子に投げ返す。
先ほどのナイフと、自身の持つ小刀を潜ませて。

優子は小刀を叩き落し、ナイフと契約書を元の場所に戻す。
無論、小刀を叩き落としたのはただの嫌がらせ。

二人はいつでもこのようなやり取りをしていた。
それは、別に啀み合っての事ではない。
城のものはこれを愛のキャッチボールと読んでいる。
二人にとっては大切なコミュニケーションなのだ。

「本当は、私の補佐をやってもらうつもりだったんだけど・・・」

その言葉に反応し、秀吉は声を出して笑う。
何時もならば己の感情など表には出さないが、姉の前で秀吉は飾らない。
それが姉弟の絆というものなのか、分かりはしないが。

少なくとも、優子はそんな秀吉の態度に眉を顰めた。

「・・・なにが可笑しいのよ」

「姉上は、一人で何でも出来てしまうのに、今更何を補佐してもらうつもりだったのでおろう?」

あまりに的確な秀吉の突っ込みに、優子は驚く。
確かに。
私は、別に補佐役なんていらない。
それにもし必要になれば、もっと経験の多い古参に仕事を回すし、新人なんて使えないし要らない。
それなのに、私は何で補佐役なんて彼にやらせようとしたのかしら・・・。

「姉上は唯、あやつを傍に置きたかっただけなのじゃないかのう・・・」

優子の自問に割り込む様に、秀吉は声を掛ける。
その言葉は言い得て妙で、優子は返答に困ってしまう。
興味を持っていなかった、といえば嘘になる。
でも、傍に置きたい理由なんて特にはないし。
もし本当にそうだとしたら、明久様の申し出を全力で止めた筈だわ。
そうよ、選人に邪な考えなんて割り込ませていない。

「私は、自分の好みだけで人を選んだりはしない」

きっぱりと言い切った優子に、秀吉は目を細める。
それは少しだけ喜んでいるようにも取れた。

「姉上は、そういう人間じゃったな。わしの間違えだったようじゃ」

「ええ、私はいつだって自分の仕事を優先に考えているもの」

思えば、それは秀吉の心理作戦だったのかもしれない。
そう優子の口から言わせることで、言霊となり、優子自身を隔離する為の。
秀吉のそれは或いは無意識に行ったことかもしれない。
偶然に、優子の暗示となってしまったのかもしれない。

それでも、この優子の台詞は、後に大きな意味を持つことになる。

そのお話は、もう少し先の事だが。


物語は、未だ続く。

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