めいん2

□怠惰の代償
1ページ/1ページ


水捌けを第一に考え、敷かれた床。
アンモニア臭を無理矢理覆う強烈な芳香剤。
店の品質を表すように、清潔といえば清潔で。
それでも、ずっと此処に居たいと思えるような場所ではない。
僕らは、そんな所にいる。

太陽の光をちっとも恵んではくれない小さな窓。
隙間風を惜しみなく入れ、体温を奪おうと画策してくる。
そんな窓のすぐ下で、僕らは腰を下ろした。
他の面より一段上になっている床は、少しだけ綺麗に見えた。
全力疾走後の激しい倦怠感に見舞われながら、僕は口を開く。

「この後、どうしようか」

それは、独り言に程近い様な呟きで。
特に真意などなく、その場繋ぎでしかない会話。
何の意味もない聲に、何の意味も持たない雄二の返事。

「どうするか」

空を仰ぐ雄二は、動きたくないと瞳で語っている。
移動しないと言う選択肢は、不可能では無かった。
モールの端にあるこの便所は人通りが極端にすくない。

(人通りと言う言葉を、便所に使うのが妥当かは分からないけど)

取り敢えず、僕らが此処に来てから誰も使用しに来ない。
目的があって出て来た訳でもないし。
外に出るリスクを考えれば、此処で時間を潰すのも有りかもしれない。
雄二も同じ答えに行き着くだろうから、敢えて答えを口にはしない。

「悪かったな」

心此処に有らずといった雰囲気で、雄二は言葉を零す。
何を謝っているのか、僕には理解出来ない。
何が、悪いのか。
僕は隣に座る赤い瞳を覗き込む。
悪いのは、僕のこの醜い心だけだ。
雄二はなんにも悪く無いのに。
その赤に写り込んだ無機質な壁では、答えは分からない。
何時だって僕らは一方通行。
僕の脳内を雄二はひと目で理解するけど、僕は分からない。
雄二の事を僕は誰よりも見ているけれど、雄二は違う。

「何が?」

足りない脳を回転させた所で、結果は同じ。
だからさっさと降参して答えを仰ぐ。
諦念と言う言葉を誰かが使っていたけれど。
その心情を今なら理解出来そうだよ。

ゆっくりと僕を見る雄二の顔は少しだけ歪んでいて。
自信家の彼には似合わない表情に、僕は少しだけドキリとする。


「早速願い、使って良いか」

ゲームに勝った報酬。
この状況下でまだ願いを口にするか。
雄二の事だ。
どうせ、僕を囮にして逃げる作戦でも考えて居るんだろう。

「しょうがないなー」

欲を言えば、このまま二人で居たかった。
けれども雄二の隣にいたら、僕の中で余計に汚い感情が溢れそうで。
意図を理解しながらも肯定を口にする。
雄二は少しだけ安心した顔をして、言葉を発した。


「このまま、暫く此処にいてくれ」


「・・・は?」


全くもって予想だにしなかった返答に、僕の口から間抜けな声が出る。
今、彼は何を言ったのか。
霧島さんの気を引けでも、偵察に行ってこいでも無い雄二の願いに首をかしげる。
隣を盗み見れば、顰めっ面したいつもの不細工。
暫しの沈黙に耐えかね、再び口を開く雄二。

「お前には俺と此処に居座る理由も義務も無いけれど・・・」

しどろもどろに、先程の言葉に説明を付ける雄二に僕は単直に問ふ。

「つまりは、一緒にいて欲しいってこと?」

ちょっとした期待と自惚れを込めた台詞。
肯定するように大きく頷き俯く雄二。
読み取れない表情に少しだけ羞恥が見て取れて、僕は微笑む。

「なんだ、そんな事・・・」

お願いを使う必要も無い。
僕は、雄二と一緒に居れるならいくらでも傍に居る。

先程のもどかしさ。
それはすべて無駄な事で。
僕は大切な事を忘れていたのだと理解した。

それは、伝える努力。


「言われなくても、ずっと一緒に居るよ」

結局二人思っていたことは同じ。
はじめからこの言葉を口にしていれば。
こんな遠回りしないですんだのにね。
怠惰の代償だ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ