企画小説

□風に揺られし櫻襲<さくらがさね>
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あれはまだ、秀吉が小学校に上がる前のこと。
普段は仕事に自分を連れて行くことの無い父が、取引先との会食に一緒に行こうと誘ってきたのだ。
どうやら、相手にも自分と同い年の子どもがいるということで、前々から会わせたかったらしい。
そのときはそんなことどうでもよかった。
あの厳格な父が誘ってくれた。それが嬉しくて、ただ頷いた。

父が連れていったのは料亭『前田亭』。出迎えてくれたのは女将だという女性とその義妹だという人。なぜか二人に既視感を覚えたことを不思議に思いながら中に入った。
部屋には既に相手が来ていた。勿論、相手の子どもも。
そいつは白かった。肌も髪も。

「きみが豊臣秀吉君?」

そういって差し出された手もまた白く、一瞬握手するのさえ躊躇われた。そんな秀吉に苦笑しながら、少年は言った。

「はじめまして…のはずだよね?なんだか会ったことがある気がするんだけど、きみもかい?」

実を言うとそいつ―半兵衛の言うとおりだった。握手を躊躇ったのはその所為でもあった。
はじめましてという言葉に引っかかりがあったのだ。

「半兵衛君も秀吉君ももう、お友達になったのね」

女将が微笑みながらこちらを見ていた。

「じゃあ、二人とも、うちの慶次にも会ってくれないかしら?」

二人そろって頷くと、女将は優しく笑いかけてくれた。
女将が手を引いて連れて行ったのは、自宅でもある二階部分で一番奥の部屋だった。
部屋の前で女将が声をかけると中から焦った声で返事が返ってきた。それからバタバタと走ってくる音がしてスパンと音を立てて引き戸が開けられた。
出てきたのは少女で白と赤の着物に季節に合わせた椿の簪をつけていた。

少女は自分たちを見て照れ笑いを見せた。

「ごめんな。髪がまとまんなくって」

その口調と笑顔にふと青年の顔がよぎった。
それは見たことの無い人だったが、自分は知っている。そう、彼は

「慶次」
「うん?」

よぶと目の前の少女が返事をしてハッとした。
そうだこの少女も“慶次”だ。


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