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□鮮やかが煌めく
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切手のない手紙が届いた。

明らかに様子のおかしい手紙だった。

送り主は、この世で一番気に入っている女である。

『おきたへ
すきだったヨ
ごめんネ』






(ごめんね?)




はて、どうして謝られたのか、それもわざわざ手紙で。
沖田は首を傾げた。

一昨日のことかねぃ、あいつに賞味期限の切れた卵をかけた卵かけご飯食わされたことか?

でも別にそんなの、こうして手紙にして謝るほどの内容でもない。



(…なんか変?)



そもそも、どうして過去形なのだ。
好きだった、とそう書いてある。
だった、とは?
じゃあ、今は?

沖田はじっとその手紙を見た。
ガタガタで下手くそな文字。
それは間違いなく神楽の字だと確信できる。


少なくとも20秒は文字をぼう、と見つめたに違いない。



なんの根拠もないが、変な胸騒ぎがするのだ。





「…ったく、手のかかるオヒメサマだぜィ」















万事屋にも、いつもの駄菓子屋にも、お気に入りの公園のベンチにもその気配は見つけられなかった。

沖田は少しだけ、少しだけ焦燥感を抱いた。

今更。
今更あの朱色の髪の女がいない世界など考えられないのだ。

いなくなったわけがないよな?

あいつは俺に恋をして、俺はあいつを愛していた。

あのジャジャ馬娘に出逢ってから、世界が変わったのだ。
初恋だった。これは。


どうしてあんな手紙を書いたのだろうか。
どうしてそれを直接言葉にしてくれなかったのだろうか。



俺の目の前から、神楽がいなくなる、なんてこと。
どうあいつが足掻いたとしても俺は許す気は一切なかった。



神楽が居そうな場所。

大方探したが、あと一箇所。あと一箇所だけ心当たりがある。


それは、付き合うときに一緒に星を見た丘の頂上にある桜の木の下だ。











もうとっくに季節が終わった桜の木になる、青々とした葉を神楽は見つめていた。

枝と葉の隙間から見える星が、歌舞伎町で見る星よりも少し多い気がする。

丘の上に神楽はいた。澄んでいる、とまではいかなくても歌舞伎町よりはよほど綺麗な空気に違いない。
神楽はそう決めつけて、すう、と息を吸った。

そのときだった。
かさり、と雑草を踏む音が聞こえた。

心臓が暴れ出す。
この気配は、間違いない。

間違える、筈がなかった。


「おまえさんは、腹ペコになったら空気すら食べちゃうのかィ?」

お茶目なやつだねェ、と言いながら投げられた視線が暖かかった。


今まで涼しかった気温が、少しだけ上がった。
神楽の隣に腰を下ろした沖田に、思わず肩が跳ねた。



「なにあのへんな手紙」


「…別れの手紙ネ」


「好きだったってなに?」


沖田は首を傾げた。
それでも視線は外れない。
沖田の鋭く追求するような視線が痛かった。

相変わらず作り物のように美しい男だ。
感心すらしてしまう。



「テメェ、俺のこともう飽きたってのかィ?」


そんなわけがなかった。
そんなこと、あるわけない。


噛めば噛むほど味が出るするめのように、
知れば知るほど魅力的な男だった。
四年という年月では味わい尽くせない男だった。




「…すんごい、楽しかったアル」

神楽は笑った。
精一杯。自分の恋心など見せないように。

「私ネ、最近思うのヨ。…このまま、こうして地球にいていいのカナって」


はあ、と相槌を打つ沖田はきっと混乱している。
しかし、目だけはしっかりと神楽を見つめていた。
赤色の双眼が早く続きを話せ、と先を促してくる。


「私ネ、パピーのもとで修行しようかナ」






「…は?」








でまかせではなかった。
それは神楽の夢でもあった。


父の強さを誇りに思っていた。
父のように、兄のように、そして母のように、強いひとになりたかった。


広い世界を見てみたいと銀時に話したこともあった。
一瞬だけ、寂しそうな顔をした銀時は神楽の頭にぽんと手を置いて、「おまえの好きなように生きろ」と言ってくれたのだった。


しかし、沖田と付き合ううちに沖田のそばにいることが幸せだと感じるようになっていた。
沖田のそばにいたいと思うようになっていた。

沖田と結婚して、子供を産んで、笑顔の絶えない家庭を作りたいと思うようになっていた。




でも、それは神楽の妄想だ。
独りよがりのエゴだった。


沖田のことが大切だった。
沖田のことを守りたかった。
強い沖田が好きだった。
芯の強い沖田総悟のことを愛していた。


自分のせいでその芯を折らせてなるものか。


沖田との家庭の夢は捨て去ろう。
そう考えたのだ。







「…おい、チャイナ」




長い沈黙を破ったのは沖田だった。

なんだヨ、と目をそらす。

目を見たら泣いてしまう確信があった。




「本気なのかィ?」






こくり、と頷いた。
聡い男を騙すためにも、ボロを出せない。

目は、逸らしたままである。





「…そうかィ。本気なら、俺はそれを応援するだけでィ」



「…ウン、アリガト、…ネ」





星が煌めく空を見るのが好きだった。
広い宇宙の中にある星々を想像することが楽しかった。


幼い頃はひとりだった。
ひとりぼっちが寂しかった。

しかし、万事屋にきてみんなで食べるご飯がおいしいと知った。
地球に来て沖田と出逢った。
江戸で沖田と結ばれた。

自分の子供にはさみしい思いはさせたくないと強く心に決めていた。

実感もない腹の子に、けれど寂しい想いだけはさせないと誓っていた。







唐突に、左手首を掴まれた。

沖田の骨ばった指が、透けるように白く細い指に絡まった。

まるで情事のときのように重ねられた手が、沖田の唇まで持っていかれた。

左手の指に、柔らかい感触。
キスをされた。






動揺のあまり、思わず沖田の目を見てしまった。
刹那、後悔することとなる。




「最後に話でも聞いてくれねェか」

熱い瞳だった。
燃えるかと思った。



別れ話をしてもなお、沖田は冷静だった。
神楽のように絶望に打ちひしがれている様子なんて微塵も感じさせてくれなかった。




年上は嫌いだ。
なんでもかんでも大人ぶってしまう。

兄にしろ、…沖田にしろ、だ。








「俺にはなァ、ひとつだけ夢があったんでィ」




「…夢?」





驚いた。
そういえばお互い、そんなに詳しくこの話題に触れていなかったと気づいた。





「…きいてやるネ。言ってみるヨロシ」





単純に興味だった。
私の愛した男のことはたくさん知っておきたかったからである。




「幼い頃、姉を親代わりにしてたくさん世話してもらったんでィ。…おかげで、俺は寂しくなかったけど、姉のつらさは尋常じゃなかったはずなんでィ」





「…ウン」




沖田は再び神楽と目を合わせた。






「チャイナとなら、…神楽となら、賑やかで楽しくて、幸せな家庭を築けると思っていたんでさァ」



神楽は目を見開いた。



「生まれてくるガキに、寂しさなんて一生感じさせないような家庭をテメェと一緒に作るのが夢だったんでさァ」






驚愕した、どころではなかった。

沖田の話はどうしたって夢物語だ。
それでも。



沖田の語る将来像には当たり前のように神楽とその子供がいたらしい。
どうしようもなく嬉しかった。




神楽との未来を見据えてくれていたことに驚いた。
そして、神楽との子供に対して大切にしてやりたいと息巻く様子に勇気をもらった。



(…ほんとのこと、言おう)



やっぱりすこし、反応は怖いけれど。
ここまで言ってくれたのだ。
自分だけ嘘をつき通すのは、フェアじゃない。



…というより、神楽は期待をしてしまったのだった。

沖田が、喜んでくれるかもしれないと。





「…沖田、あのネ、ほんとはネ…」














子供ができたアル。



そう伝えた後の沖田のはしゃぎぶりは尋常じゃなかった。
目玉がこぼれ落ちそうなほど目をまんまるにした沖田は、はじめはさっぱり信じようとしなかったが、神楽のお腹を触ったことで実感が湧いたらしかった。
まだ大きくなっていないお腹ではあるが、神楽もお腹を触っては母性を成長させていたため、お腹の中にいるふたりの赤ちゃんは大きなパワーを持っているに違いないと確信した。




「…チャイナ、どうしよう」

「どうしたアルか?」

沖田の紅色の瞳には涙が浮かんでいた。



「この世で一番愛しい女との間に、夢にまで見た子供を授かってしまって、俺ァもうすぐ幸せすぎて死ぬのかィ?」




「何言ってるアルか、子育ては大変アル。…死ぬのはだめヨ」





幾千の星が空に浮かんでいる。
澄んだ空気が気持ちよかった。



「結婚しよ」



「…ウン」







どうしようもないくらいに幸せに溢れていた。
どうしようもないくらいに愛に溢れていた。





「…はやいとこ旦那とテメェのお義父さんにも挨拶しねェとなァ」


「ふふ、そうアルな」



「…俺、殺されるかな?」


「かもネ」

「怖えなァ」






外に長く滞在したことによって、随分と冷えた神楽の細く白い手を沖田が握った。
星空の下を並んで歩く。

行き先は歌舞伎町。
万事屋銀ちゃん。

まずは地球のお義父さんから。





世界は鮮やかに煌めいた。











fin.
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