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□鮮やかが煌めく
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やらかした。
神楽は思った。
そこにははじめ、戸惑いしか無かったと言える。
お腹がやけにずっくりと重い。
それは気分のせいなのか、それとも。



どうやら。

新しい生命を宿してしまった。
らしい。




鮮やかが煌めく








心当たりはある。
でも、その事実を相手に言うつもりはなかった。
セックスは生命を繋げるための行為であることはわかっている。でも、避妊はしていた、はずだった。

もし、と思わなかったと言えば嘘になる。
あいつの子を宿したら、とても幸せだろうと思ったこともある。

神楽は精一杯の恋をしていた。
年上の腐れ縁の男に、身を焦がすような情熱を持っていた。
あいつが居そうな場所に偶然を装って行ってみたり。
喧嘩をふっかけてみたり。
14の頃は、自分を見てもらうために必死になっていた。
年上の男に、自分の存在を意識させたかった。
でも一向に、神楽はその男…沖田の気持ちを理解することはできなかった。
ただ、神楽が16になるころ、沖田は偶に神楽の頭にポンと手を置くことがあった。
それが乙女心に嬉しかったのは事実。

喧嘩だけだったそれまでと比べて、隣りあってベンチに座ってたわいもない会話をすることが増えた。
ふたりして空を見上げて、あの雲は金魚の形しているねェ、なんて言われて、いやあれはゴジラだヨ、もうすぐ江戸を襲ってくるアル、そりゃまじかァ、なんて話していた。
しあわせだった。
どうしようもないくらい、緩む口元を抑えられなくなるくらいにはしあわせだった。

沖田のことが好きだった。
沖田も私のことが好きだと言った。

世界はそれだけでいいと思った。
沖田とこうして、ふたりで延々と喋っていれたら幸せだと思った。


恋が次第に形を変えていくことに気づかないふりをしていたのはいつからだろう。
沖田のことを誰よりも守りたかった。
誰よりも沖田のことを幸せにしてやりたいと思うようになって居た。

神楽が18になるころ、沖田は高官から次々と見合いの話を貰うようになっていた。
沖田はすべて断っていたし、神楽にも見合いの話をすることは無かったのだが、偶然にも山崎と銀時がそのことを話してるところに居合わせてしまったことがあったのである。

「え…」

「えっ、まって、ちゃ、チャイナさんっ!?」

「…おー、居たのか神楽」

さすがにこのときばかりは、銀時すらも気まずそうな表情を見せた。一瞬だけ。

「まあ、おまえの彼氏モテモテでよかったこったな。自慢できるぞ」

「…お見合い、て、」

「…まー、沖田くんのことだし心配ねえだろ。あいつは少なくともおまえにベタ惚れだからね」

そのセリフ通り、神楽は心配しなかった。
沖田が他の女の子に目移りするんじゃないかという心配は。

しかし、神楽は不安になった。
沖田は自分だけではない、たくさんの人から様々な形で求められていることに。
無いと信じたい。
無いと信じたいけれど。

沖田には自分の信念を曲げて欲しくない。
信念を貫くあいつが好きだった。

自分がいることで、もしもあいつの仕事を妨げることがあったら。

そんなの不本意だ。
自分が足枷になど、誰がなってやるものか。

そのときは、自分で自分を殺すだろう。



そう、考えたときがあった。それが、つい二ヶ月前のことである。
現在でも将来性がある沖田への縁談話は尽きないという。
沖田はそれに、だりぃ、興味ねぇ、の一辺倒であるがそれは神楽の前だから気を使っているのかもしれない。

こんなこと、考えたくはないことだが、
沖田が幕府の高官の娘などともしも縁を結ぶことがあれば、真選組の地位は盤石だといえるだろう。
それくらい、神楽だってわかる。

沖田は真選組局長である近藤に、多大なる忠誠を誓っているのだ。

近藤がそれを望まないにしろ、沖田には縁談を受け入れる利点があると思った。




沖田との日々の幸せの中にある、大きな不安。
それを無視して、沖田に子のことを言うのは卑怯だ。
沖田はああ見えて誠実な男である。

一応、恋人である神楽が妊娠したとなったら責任をとると言うだろう。

ちゃらんぽらんに見えがちだが、沖田は芯が通った男なのだ。
そして神楽は、そんなところも好きだった。



そうだ、家出をしよう。
身籠ったことを自覚した神楽はまずそう決めた。
子供ができたことをあいつが喜ぶ自信はなかったのである。
だってお互い、理想を持ってはいたけれど、具体的に考えていたわけでもなかった。
子供を育てること。

あいつのメンタルの弱さを意識したら答えは出た。

沖田はきっと思いがけないことに驚くだろう。
でも、そこから?

沖田はきっと責任を取ると言いだすに違いない。
でも、心は?

あいつは喜ぶ?
それとも、仕事に支障が出ると眉を訝しめる?

怖かった。
沖田の反応に対面することが恐怖だった。





(…逃げよう)





沖田にばれないうちに、
遠いところまで。

突然の別れは悲しいけれど、このお腹の子が大きくなったら会いにくるヨ。

ぼそり、心の中で呟いて万事屋に向かった。
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