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□凶器だった言葉がぬくもりに変わるまで。
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「泣いてんなよ」

「私だって泣きたくなかったアル。…泣かせたのはそっちダロ」



心臓をまるで雑巾かのように絞る痛みが、息を塞ぐ。冷たい頬は、神楽の流す涙でさらに凍る。
氷点下の雰囲気がすべてを止めた。
沖田が息を詰める。

「…なんで、」

神楽は睨んだ。
これ以上自分の心を虐めたくない。

言葉は凶器だ。
言葉は人を殺す。

沖田の気のない台詞が自分の致命傷になる可能性があることを神楽は知っていた。
出会って四年。
この鈍感な男に恋して二年だ。

この期間、沖田に恋人がいたことはあったがどれも本気でないことにはとっくに気づいていた。
案の定数ヶ月で別れることが殆どであったし、沖田自身も本気でないと公言していたのもある。

神楽は乙女だ。
沖田に何度も期待をし、裏切られる度に期待するのはもうやめると思ってきた。
が、心のどこかで、沖田が本気で恋をすることなどないとやはり、期待していた。

しかし沖田ももう22である。
最近落ち着いてきたサディストは、初恋をしたらしい。






「チャイナって恋したことある?」

どこか緊張を含んだ表情をした沖田が、そう口を開いたのはつい先ほどのことだった。

いつからか、喧嘩ばかりだったふたりはたまに食事をするような関係になっていた。
テーブルの上には神楽がメニュー表を見てわくわくしながら片っ端に頼んだ料理が所狭しと並んでいる。

好きな人とのひとときは、いつだって楽しい。


心地の良いどきどきにご機嫌なまま、箸に手を添えたところだった。
聞こえた台詞の意味がわからず、心の中で反芻しつつ沖田を見上げた。

「最近自分がわかんないんでさァ」

「どういうことアルか?」

沖田はのそりと右手を開いてみせた。
彼の大切な部位。
その右手に守られたことが、神楽にもある。

その右手は、沖田の左胸にあてられた。
――――心臓。

「ここがざわざわするんでィ」

「病気かもナ」

「俺もそうかと思った。でも、医者に言ったらどうやら違うらしい」

「ハ?じゃあ、なに―――…」

神楽ははっとした。
すべてを悟った。

だって神楽はそれを知ってる。

「恋をしている、らしいんでィ」


誰に、とは聞けなかった。

先程までのウキウキが途端に消えたのが自分でもわかる。
目の前で鎮座してる料理たちに目を向けても食欲すら消滅してしまったかのように何も感じない。

「…へえ、そうアルか」

沖田が恋をした。

近藤あたりが聞いたら泣いて赤飯でも炊きそうな字面だ、と思った。

しかし神楽にとっては、致命傷であった。

沖田の言葉は、時に意図せず人を殺す。
神楽は思いがけずその餌食になってしまったのだ。

「…良かったネ」

「おう」

こっそりと見上げた沖田は、幸せそうに笑っている。

誰かを思って微笑んでいる沖田を見るのは初めてで戸惑う。

「恋って、楽しいヨ」

心臓の痛みがひどい。
喪失感でスースーする。

まるで心に隙間があいたように、いたたまれない感情が神楽を包み込んだ。

「私もしてるから、よくわかるアル」



正確には楽しかった、だけどネ。



勝手に。
沖田が本気の恋をすることはないと決めつけていたのだ。

誰とつきあっても好きになれないんでさァ、とぼやいた沖田のそのさみしそうな顔に、じゃあ私が好きにさせてやる、と言いたくても言えなかった時点で神楽は一生片思いをしてやると心に誓っていた。

こうして一定の距離を保って、沖田にとって一番近い存在の女の子でいられたらいいな、と考えていたのだ。


それを、まあ、易々と。
恋を叶えるのを諦めるのに、どれだけの時間がかかるのかこの男は知らないのである。

ばかなやつ。

私なんて、最近いろんな男に告白されるくらい魅力的な女になったのに。

こんなにオマエのことを好きになってあげられる女、他にいないヨ。

今顔をあげたら泣いてしまうと知っていた。
四年かけて大切に育て上げた恋心は、ちょっとやそっとでは無くならないのだ。

叶わない恋だと覚悟はしていたが、沖田に好きな人がいないのといるのとでは全然違う。

沖田に好きな人ができてしまった場合、自分のこの気持ちはどこへも行き場がなくなって、届けるにも沖田にとっても迷惑で、歓迎されない想いなのである。




―――――――つらいアル。




誰よりも沖田の良きライバルで、良き理解者で、良き喧嘩相手になろうとつとめていた。



それは、恋愛の相手にはなれないとしても、沖田の”特別”になりたいからだった。

しかし、沖田に好きな人、ましてやその相手と結ばれてしまったら。



自分は、どのポジションになってしまうのか。









いや、違うナ。
そんなごたごたした感情じゃないや。

今のきもち。









単に、失恋がつらいだけアル。











伝う涙を誤魔化す術はなかった。
自分ですら、涙に気づいてなかったのだから。









突然頬に触れた体温に心臓が跳ねた。
嫌いだ。
こんな単純な自分。

失恋相手に未だ心が騒ぐ。


涙を拭う優しい指先に心が震える。
体のすべてが好きだヨって叫ぼうとする。


そんな自分が情けなくて、悔しくて
こんなやつの前で涙を見せていることが恥ずかしくて
泣くのヤメロと全力で涙腺に願いをかけても、その想いは一向に無視され、反対に次から次へと涙は止まらなくなって。



「…チャイナ、好きなやつ、いんの?」



沖田の鈍感さに救われた。
このときばかりはそう思った。


「いたヨ。でももう諦める」

沖田はきっと気づいてない。
このままにしよう。

気づかれてはいけない。
これからも沖田と一緒にいるためには、この想いは封印するしかないのだ。

良きライバルとして、
良き理解者として、
良き喧嘩相手として、

気づかれてはいけない。

沖田を好きだっていうこと。






「―――そっか、…俺もそれがいいと思うぜィ」







息が止まった。

酸素の供給が止まった脳みそが混乱を引き起こす。



(沖田は、とっくに…?)



導き出すのをためらう答えが頭にちらつく。




こんなに心臓が痛い事なんてあるのか、といっそ驚く。






沖田総悟は、とっくに私の気持ちに気づいていたのかもしれない。

知らないふりをしていたのは彼なりの優しさなのかもしれない。

今、彼は私に、もう自分を諦めろと言ったのかもしれない。






留まることを知らないかのように、涙が溢れる。






「なんで泣いてんでィ」

「私だって泣きたくなかったアル」

「…そんな、泣くほどのことか?」

「泣かせたのはそっちダロ」





ばか。
沖田のばーか。

やるせない思いは涙へと変わる。
ぬれた頬が乾いて冷える。

氷点下の空気も、止まらない涙も、
今はすべて自分の味方のような気がする。


沖田が話しあぐねるような雰囲気を出すすべてが自分の味方だ。


これ以上、触れてくれるな。


これ以上、傷つきたくない。









「そんな、泣くほど好きだったのかィ?」









沖田の指が、わずかに震えていることに気がついたのは偶然だった。














心が動揺する。
泣いているのは自分だけじゃない。

誰よりも沖田のことを知っている自負はある。





沖田は今、心の中で泣いている。





「…沖田?」


「はっ、悔しいねェ」




何度も見惚れた顔が歪んだ。



「チャイナ、てめぇ好きな男いるのかィ」



端正な顔が泣きそうになる様を見守るしかできなかった。













「―――――ほんと、その相手殺してやりてェなァ…」
















沖田は鈍感だ。
誰よりもそのことは知っていたはずだったのに。






もしかして、が頭の中にこだまする。
もしかして、全部勘違いなのではないか。

もしかして、もう一度期待してもいいのではないか。










沖田のその、震える指に触れた。
びく、とした温もりに愛おしさが溢れる。





確信した。

思わず笑いすらこみ上げてくる。








「ばかだなあ、オマエ」



存在もしないお互いの架空の相手に嫉妬していたらしい。

くだらなすぎて一生の笑いのネタにできるヨ。



「こっちはもう四年越しの想いなんだからネ」




理解できていないのか、目を見開く沖田のアホ面が愛おしい。







世界はあざやかで美しいと気づいた。
想像してたより何倍も、この瞬間が幸せだと想う。


触れたくちびるは涙の味がした。















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