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□キスで傷口を抉る
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私を好きになった男は情熱的な男だった。

肩書きだけは一丁前。
整いすぎた顔立ち。

憎まれ口を叩く薄い唇に反して、目はいつも私を愛していた。
甘くて、とろとろに溶けそうだと危機感を覚える。

沖田総悟の意志の強い瞳が全身全霊をもって私を欲していたのだ。

「テメェ、恋とかしてんの?」

なんでもない風を装って沖田が声を張った。
緊張しているとき、この男は少し声を荒げる。

不器用なこの男はわりとバレバレな恋をしていた。周りには勿論、恋する本人にまで気づかれていることに気づいていないのはこの馬鹿だけだ。

優しい私は、わざと気づいていないフリをしている。

「は?なんでオマエにそんなこと言わなきゃなんないネ」

「なんでって。…別に、雑談だろ」

沖田は私のことが好きらしい。









キスで傷口を抉る











恋が枯れる前に水を。
愛に育て上げるまで。




綺麗な顔が歪む様を15センチの距離で眺めた。
栗色の髪が爽やかな春の風にそよいでいる。
あたたかな光が男を照らす光景は、どうにも神秘的で心が落ち着かない。

「…案外、イメージと違うアル」

「一応聞くけど、何の?」

じわじわと染まる沖田の頬が、どうにもかわいい気がする。
骨ばったゴツゴツした手が沖田自身の口を覆っている。

明らかに照れていた。

「はじめてのちゅーは、レモン味って聞いてたネ」

「ちゅっ…!?」

泳ぐ目線がちらちらと神楽を捉える。
戸惑っているその顔がかわいい。

かわいいなんて、キャラじゃないのに。


「…テメェ、俺のこと、好きなの?」


震える声が混乱を極めている。
期待が存分に込められているその台詞を、私は容易に蹴り飛ばした。

「ありえないアル」

いいオンナは一筋縄ではいかないのヨ。

大人ぶって鼻で笑う。
沖田が、え、と声を漏らしたのを聞きとってはいい気味、と思った。

コイツは馬鹿だ。
私の溢れるほどの感情に気づかない。

甘やかされて育った末っ子は無意識にブレーキをかけながら進むクセがある。
石橋を叩いて渡る男は必要以上に叩いていることを理解しない。

いつか己が叩いた傷が致命傷となってその橋を壊すことになる可能性に思考回路が至らないのだろう。

馬鹿で単純な男。

蜜をたっぷりと含んだ甘い瞳が私に言い訳を求めるよう揺れた。
もしも私がここで、沖田を嫌いだと言い放てば、その言葉はナイフとなって沖田を刺し殺すに違いない。

それくらいの危うさがこいつにはあるし、
それくらいの影響力が私にはある。

「俺も初ちゅーだったんだけど」

「初体験はどうだったアルか」

「…柔らかかった」

「味は?」

「…チャイナの味がした?」

「なんで疑問系」

責めるような声音に気づかないフリをする。
沖田が笑って、私が笑う。

優しい光が世界を包んで、いのちが芽吹いて、風が吹いて、雨が川になる。

地球がそうやって生きているように私は自然と沖田を好きになる運命だったのかもしれないし、違うかもしれない。

でも今現在この鈍感男に恋をしているのも事実で、進もうと思えばいつでも一歩進めることだって理解している。

理解しているうえで私たちはこの場に踏みとどまる。
生き急ぐ世界を嘲笑うかのようにふたり、動かない。

近すぎる距離を壊すのも、もしも将来来るかもしれない別れを迎えるのも怖い。

死ぬのが怖い。

唯一を作ってしまったら死ねなくなる。
死ねなくなるのが怖い。

いつ死ぬかも、どこで死ぬかもわからないのに。


「恋なんて、嫌いヨ」

大人ぶって言い放つ。
ドラマみたいな台詞だな、と自分でおかしくなる。

恋なんて、こいつにしかしたことないけど。


「トラウマでもあんのかィ」

「そんな弱っちいモンないネ」

「じゃあなんで」

沖田は優しい。
なんだかんだ言って、ひとの心を気遣うことのできるひとだ。

優しさがつらい。
嫌い。

「オマエは」

自分が出した声が想像以上に消え入りそうだと思った。
まるで自分の心情が、そのまま表れたかのようである。

言葉とはそういうものだ。
目で見て、耳で聞いて、触って、言葉を手段とするコミュニケーションはわかりやすいようで実によくわからない。
難しい。

こいつのことはよくわかるのに、謎だらけだ。

「私が死んだら泣く?」

「泣かねェよ」

即答だった。むかつく。

泣けヨ。

理不尽にもイライラが募る。
怒りが沸きすぎて、私が泣きそうだ。


「テメェを殺すのは俺だからねィ。俺が泣くわけねーだろ」

「…オマエみたいなチワワに、殺されるワケないダロ」

沖田に殺されるならいいかもしれない。
そう思ってしまう私は大概世界に酔っている。

甘ったるい恋愛劇に人並みにドキドキして人並みにイライラしていた。
進まない展開にむず痒くなる一方で安心していた自分もいる。

私は沖田を好きで沖田も私を好きだ。

もしも私が死んだら沖田は悲しむだろう。
確信できる。

沖田が不意に死んだとしたら私は生きる価値をこの世界に見出せなくなるに違いない。

質量の重い恋だと思う。
互いに命を張っている職業だからこそ、情熱的に恋をする。

刹那を見逃さない。

全力で生きる傍ら、全力で恋をする。
なんら生産性の無い恋愛だとしてもこの気持ちは変わらない。

運命だなんて軽い言葉では表現したくない。




「…まさか、別れの挨拶のつもりか」



驚いた。

少しもしみったれた空気など匂わせていなかったのに。

「…どうしてそう思うアルか」

「テメェの考えてることなんてお見通しでィ」

嘘つき。
全然わかってないヨ。

こんなに好きなのに、オマエは最後まで私の気持ちに気づかなかった。

馬鹿な男。
言葉でなんて、言ってやらない。



「…3年くらい、地球には帰って来れなくなるネ」



淡々と済まそう。
なにもかも、悟られる前に。

未練なんて残さないように。


沖田が眉を顰めた。
は?と呟いた声色は苛立ちを存分に含んでいる。


「面白くねーんだけど、その冗談」

「冗談じゃないアル。本気ネ」

「いよいよわけわからん」

理解することを拒否している。
溜息をつくことで冷静さを保っていた。

「エイリアンバスターになることが夢アル」

「…知ってるけど」

「チャンスが巡ってきたネ。…今掴まなきゃ、私はずっと地球に居ついてしまうヨ」

地球はいい場所だ。
大好きな故郷。

本当は離れたくないのに。

この場所とも、万事屋とも。
ーーーーーー沖田とも。



「…三年も、会えねェの」




沖田が哀しみをやすやすと声に乗せた。
わかりやすい男だ。相変わらず。



わかりやすすぎて、涙が出そうだ。



会えないことがつらい。
好きだ。
この男が誰より。

「俺、死ぬかも」

「嘘アル」

「マジだっつーの」

沖田は綺麗に笑った。
美貌がお金に換算されるとしたら、沖田のそれは億を超える。


「テメェと毎日喧嘩できねェのはさみしい」

今更そんなことを言わないでほしい。

愛が溢れるようにキラキラと世界を彩る。
恋が花を咲かせるように世界が色づく。

沖田の言葉はひとつひとつが影響力を持つ。
ナイフにも、恋心を咲かせるジョウロにでもなり得る。


「…チャイナ、」


沖田は言語を操る。
人間に生まれたからにはツールは言葉だ。



「…待ってるから」



恋が崩壊するように、愛が構築される音がする。
無闇に叫んで逃げ出したい。

できることなら、この男もつれて。


「俺以外から殺されたら許さねェ」


執着。
固執。



沖田のことが好きだ。
沖田も私のことが好きだ。

世間では、それだけじゃダメなときがある。
人の気持ちは変わりゆく。
三年の時を遠恋で過ごす自信はなかった。
気持ちが変わるのが恐ろしい。


唇にふにゃり、

体温が落ちた。


二度目のキス。



愛がインフレ。
ほっぺたがあつい。

涙が出そうだ。

好きな人とのキスは、こんなにも幸せである。








END.

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