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□初恋は叶わない
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「あー、彼女欲しい」
「わかる。春って恋人欲しくなるよな」
「イチャイチャしたくなる」
「沖田は?」
不意に聞こえた名前に、
心臓が止まりそうになった。
名前を呼ばれた男が一瞬軽巡したのがわかる。
「…あー、いいなァ彼女。抱きしめて甘やかしたい」
「つーかおまえ作ろうとしたら今日にでも作れんじゃねーの?少しわけろよ」
ぎゃははは、と下品な笑い声が聞こえる。
…ムカつく。
誰に対した怒りかもわからないモヤモヤを、神楽は右手で押し殺した。
自分勝手な恋模様
絶妙な均衡を保っていた二人の関係が崩れたのは1ヶ月近く前のことだった。
「好きなんだけど」
緊張に緊張を重ねたような、震える声に耳を疑う。
━━━━━━━━━━━━こいつ、今、何と言った?
スキナンダケド?
呪文?
「え、なんて」
「なんで聞き返すの」
栗色の髪の毛が躊躇うように影に顔を作った。
俯いた男の耳は赤い。
「チャイナのこと、好き」
綺麗な顔が、目の前だけを見ている。
神楽の目を。
捉えた。
「付き合って」
夕陽の射す教室。
隣同士の席に座って、沖田が頬杖をついて覗き込んできた。
ドクン。
ドクン。
聞こえるのは、自分の心臓の音か。
それとも目の前の男のものか。
「…えっと」
神楽が躊躇うように視線を反らした。
瞼をぎゅっと瞑る。
力の限り。
目の前の男の視線から逃れたかった。
「━━━━━━━━━━━━ごめん、アル」
死にたいくらい、涙が出そうだと、神楽は思った。
「…あ、そ」
沖田の緊張に濡れた瞳が揺れる。
少し安堵の色が浮かんだように思えた。
「…そうだよなァ。ワリィな。いきなり」
「いや、あの、チガクテ」
「違うって何?」
「…え、と」
沖田の紅色の瞳が神楽を射抜く。
「だったら付き合ってくれんの?」
「…なんてな、嘘でィ」
沖田が泣きそうに歪んだ眉を片手で隠した。
「変なこと言って、ごめん。…気にしないで」
そうして沖田は、机の脇にかけてあった荷物を片手に手を振って教室を出ていった。
後に残されたのは神楽ひとり。
窓の外は呆れるくらい綺麗な夕焼けだった。