etc

□こんな二次元みたいなことあるなんて、と君は頭を抱えた
1ページ/6ページ



口から黒い液体が飛び出た。わお。

2週間溜めてた書類をひたすら処理していた昼が過ぎ、ようやく終わりを見出したときのブレイクタイムだった。

衝撃のあまり、コーヒーが滴る。



「…え、今なんて」




「だから。来ちゃった、ほし」











こんな二次元みたいなことあるなんて、と君は頭を抱えた。











世界は不思議に溢れている。

来ちゃった、ほし。と馬鹿丸出しで言ったのは知り合いとは言い難い女だった。存在自体を定義するなら知り合いなんて遠いものじゃない。

神楽は、沖田総悟の恋人だ。

世間一般でいうポジション的には。
彼女であり、そして世界で唯一すべてを補い合うような。
必要不可欠な女だと思う。

もう今では、神楽と出逢う以前の自分には戻れない。
もし彼女と出逢っていないパラレルワールドがあるならば、今でも自分の世界に色がついていないに違いないと確信できる。

それくらい、沖田の中での神楽の存在は大きい。

宗教を語るうえで欠かせない言葉に、予定説、という単語がある。

神という存在を信じたことは一度たりとも無いが、もし出逢わせたのが神の意思だったとするならば菓子折りでも神社に奉納しに行くだろう。


まあそんな彼女が。
つまり神楽が沖田のもとを訪れたのだが。







_____________________







あのう、沖田隊長。

おずおずと部屋に入ってきた新入りが、言いづらそうに口を開いた。

「隊長に会いに来た方がいらっしゃるんですが…」

なんともたじろぐ雰囲気に疑問を覚えたのは確かだった。

「誰?」

ブラックコーヒーを片手にチラリと部下の様子を探る。
明瞭とは程遠いセリフの語尾。
客人を招き入れるのになぜこのふわふわ感。

…新入りだからまだ仕組みに慣れてない、とか?

それとも客人が怪しいやつだからどうすればいいかわからない、とかか?


大体のあたりをつけて疑問を呈した。


「チャイナさん、らしいんですけど」

「は?」


ますますわけがわからない。
らしい、ってなに。


屯所内でチャイナの存在を知らない隊士はいないはずだ。

あいつはやけに顔が広いうえ、屯所にもよく遊びに来る。
それは付き合う以前からだったし、はじめは女出禁だぞと渋い顔をしていた土方もいつのまにかチャイナの訪問に口元を緩ませるようになっていた。

大抵は俺の部屋に来ていたが、俺が部屋にいないときは道場に出向いて隊士達と手合わせをしていたらしい。

だからわりと他の隊士とも仲が良いし、交流だって持っている。

この新入りだって共に巡回していたときにばったりチャイナと会って口喧嘩しているのを宥められた記憶があった。

つまり、らしい、という語尾は相応しくないのである。


「なんでィ、そりゃ」


「それが、俺にもさっぱりで」


新入りは頭を掻いた。
こいつのクセだ。

おそらく嘘は言ってないのだろう。

どういうことなのだろう、と再び思案する。

今日はいつもどおりチャイナは暇人ニートを貫く日だったはずだ。
特に仕事の予定は入っていなかったよな、と頭の中にあるふたりぶんのスケジュールを思い出す。

だから依頼でめかしこんだとかそういうことはないだろう。

もしかして、妙にでも飾り付けてもらったのを自慢しに来たのか。


深妙に考え込んでいるうちに新入りがもう一度襖を開けた。

「どうぞ」

促されて人が入ってきた雰囲気がある。
しかしまたその雰囲気もどことなくいつもとは違うかんじがした。

違和感。

ふと顔をあげたところで、見慣れたサイズ感はいなかった。

何のって。


おっぱい。




「えっと、どなたですかねィ。俺の知ってるチャイナは確かAAカッぶはっ」

「テメェなんてこと言ってるネ!そんなワケないアル!Aカップはあったヨ!」

「そんな微妙なサイズの違い知らんわ。どっちも結局まな板じゃねェか」

「セクハラアル!!!」

目の前のチャイナドレスを着た女が沖田を蹴り飛ばした。わりと強めに。

改めて上から下までじっくり見てみる。
赤色のチャイナドレス。
色は記憶と変わらない。

しかし丈がおかしい。

「なんで腹出し?」

「おしゃれアル」

こんなの見たことない。

「つーかスリット深すぎね?」

「こんなん普通ヨ」

俺の知ってるチャイナは大抵動きやすさ重視で上下セパレートのズボン型だ。
スリット入りなんて滅多に履かない。

だからたまに履いているのを見るとわくわくさせられるのだが。


「つーか髪長くね?」

「伸ばしてるアル」

「いや、伸ばしてるとかじゃねーだろこれ。明らかに不自然じゃん。一昨日会ったときは下ろしたってせいぜい肩の長さだったよな」

それが2日後には腰の下まで伸びるだろうか。いや、ない。

「てかなんか化粧してんじゃねーか」

「メイクは女の嗜みネ」

チャイナのぷるんぷるんな柔らかい唇が仄かに色づいていた。


「カップで盛りすぎじゃね?それは、さすがに」

どう見たって巨乳でしかないそれを指さす。
だってチャイナは悲しいくらいの貧乳だ。

「だから」

チャイナがはあ、とためいきをついた。

いきなりのコスプレのような姿を見せられて、この露出多めの格好でここまで歩いてきたのかと思うとためいきつきたいのはこちらだというのに。

ふてぶてしく、チャイナは言った。




「だから私、入れ替わっちゃったらしいアル」


出た。また、“らしい"。

どうして推測で話すかねィ、と矛先のわからない怒りに似た感情が湧く。


最近の若いやつは全てにおいて若いのだと土方がこぼしていた。
テメェだってまだ30年も生きてねーじゃねーかと鼻で笑ってやったが今ではそれに全力で同意してやってもいい。

俺より4歳年下のこいつはその上バカだ。


「多分、タイムスリップしたアル」


精神を安定させようと口に含んだコーヒーは悲しいくらい華麗に、完成したばかりの書類に染みを描いた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ