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□恋に落ちる音がした。
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笑えるくらい自然に恋に落ちていた。
大人に囲まれて、大人の振りして、無理にはしゃいで、子供の振りをしている。
旦那の前ではめいっぱい“無知なガキ"を演じているアイツが実はすげェたくさんのことを考えて担っているか知っていた。俺は、ずっと。
そして。
恋に落ちる音がした。
歌舞伎町は今日も賑やかだ。
心が弾む。
どうしてかは深く考えないようにしている。
毎日の巡回ルート。
いつもの公園。
お気に入りの木の下のベンチ。
いつもそこには決まって先客がいる。
ピンク色の頭が風に揺れて、ひょこひょこ髪が靡いている。
目が合った。
「げっ。またかヨ。この税金ドロボーヤロウ」
これ以上無いくらいのしかめつらで流暢に毒舌を吐きやがるこのピンク頭。
そしてこんなカワイクねーセリフですら心がざわめき立つ。俺って案外単純。ワクワクしてやがる。
そんな内心をポーカーフェイスで押し隠して隣に座る。口から吐く息は相変わらず白い。
よく見るとチャイナはマフラーをぐるぐる巻いていた。
…毎日会ってるけど初めて見た。
マフラーでもこもこと口元が隠れている様子がどうにも可愛い。
抱きしめたくなる。そして、我慢する。
キャラ保て。俺。
「何でィそのマフラー。あったかそうだねィ。貰いもんか?」
「ウン。アネゴのお下がりアル」
神楽はニカッと笑う。
あったかいヨ。いーでしょ。
口元をマフラーに埋めてふふふ、と目を緩ませた。手にはもこもこの手袋。
対称的に沖田の手は寒さに震えてポケットの中だ。
「こんな寒い時も外に出るんだねィ。ガキはいーな。気楽で」
「だって吐く息が白いのヨ?なんか技出してるみたいで楽しいアル」
不思議な感性だ、と沖田は思った。
沖田にとって寒さは敵でしか無いが、この娘はそれが楽しいと言う。
相変わらず毎日が楽しそうで、と沖田は白い息を吐いた。
はあ。
白い息が空を昇る。
「それに、」
神楽が沖田を覗き込んだ。
まあるい空色がぐるり、と焦点を合わせる。
ドキリ。
心臓が騒ぐ。
「オマエだって、ココに私がいなかったらサミシーだろ?」
「え、」
沖田の目が丸くなる。
完全なる意表を突かれた攻撃だった。
ちょっと待て。なぜバレてる?
「な、何いってんでィ。どうして俺がテメェなんかに」
「よく言うよナ。私を見て、いっつも嬉しそうにするクセに」
お手上げだ、というように降参するポーズをしてやる。
そうだった。
このガキは見た目ほどガキじゃない。
なんなら俺のこと知り尽くしてるんじゃねェかってくらいの隠れた理解者であった。
「…テメェは大きな勘違いをしている」
「何をだヨ。外れてねーダロ?このチンピラチワワ」
「なにそれ。なんでチワワ」
「なんでって」
神楽が笑った。ゆるりと。
太陽みたいに、華やかに。
「私だって毎日来てやってんだヨ」
返ってきたのは答えじゃなかった。
「…?意味がわからん」
「マジでか。オマエほんっとーにバカっていうか、鈍いっていうか」
「ハァ?ちょー鋭いっつーの。刀の切れ味も誰にも負けねーし」
「誰も刀の話なんてしてないアル」
チャイナが呆れたようにやれやれ、と肩を竦める。
なんだかそれが妙に大人びて見えて、思わず手を伸ばしそうになってやめた。
チャイナが肩を震わせた。
どうやら寒いらしい。
こんなにモコモコしてるのに、まだ冬の寒さには勝てねーんか、と不思議に思う。
仕方が無いから手をつないでみた。
風に当たる俺の素肌。
手袋をしたチャイナの手。
どう考えても俺が暖をとっているようにしか思えない。
チャイナが笑った。
「オマエ、バカダロ!」
白い肌が冬の冷たい風に冷えて赤く染まっている。
から、思わず。
ちゅ。
自然と体が動いていた。
一瞬の柔肌。
吸い付くようなもちもち肌が心地よい。
目の前でチャイナが長いトゥルントゥルンしたまつげをまたたいた。
「…ン?今、あれ?」
「はー。充電完了。おまわりさんは今日も街が平和で嬉しいです」
よっ、とベンチから勢いをつけて立つ。
離れた手のひらが寂しくてポケットにしまった。
「じゃあな。チャイナ」
「え、あ、ウン」
真っ赤なほっぺに手を当てたまま、チャイナが頷いた。
「…これだからチンピラチワワって言われるネ」
わけわかんないヨ、とマフラーに隠れた口元が綻んでいた。
おわり。