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□毒入の赤
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赤。
綺麗。
…吸い込まれそう。
瞳を隠していた瞼がゆっくりと持ち上がって神楽を認める。
まるでその視線に貼り付けにされたかの如く、体のすべてが止まった。
瞬きすらも許されない。
射止められた、と、思った。
(頭から離れない)
目の前には、押入れの天井が広がっていた。
あれから5日たったが、こうしてあの赤が頭を占拠するのも、夢で見るのもまた5日目である。
(いい加減、別の色も見たいアル)
誰にいうでもなくごちた。溜息も付随する。
なんとなく二度寝をしたくてもう一度頭から布団を被ってみた。
理屈じみたアイツの言葉の羅列が、神楽との距離を測りかねさせる。
少しだけ遠回りでわかりづらくて、しかし直球でわかりやすい沖田の言葉のどこかに、神楽への恋慕が含まれていなかったかと遡る。
一昨日、山崎を待ち伏せした。
アイツを良く知る山崎なら、なにか答えに辿りつけるかもしれないと思ったからである。それに、地味だけど口は固そうだし。
それに、沖田とも親しげだから。
何か、答えにありつけるような気もしていた。
「…ちゅー、を、したことある?…アルか」
意を決して飛び出たその問いに山崎は首をかしげた。
「えっと、突然どうしたの?」
山崎はどこか、人を安心させる空気を放つ。それは監察として身につけた術なのかもしれないけれど、そのときは神楽をとても安心させた。
優しげなその言葉に頬を染める。
普段下ネタだってばんばん放つ彼女は、その実とてもウブだった。
「ちゅー!…って、どんなときに、するアルか?」
小さな顔をこれまた小さな手で覆って下を向いた。14歳にこの手の話はまだ恥ずかしいらしい。
「チャイナさん、もしかして」
「うっさいアル。黙ってこたえるヨロシ」
それが山崎を確信させるものだったと気づいているのかいないのか、顔を真っ赤に蒸気させつつも、抹茶ラテ片手に赤裸々な言葉を紡ぐ。
「キス、かー」
「男はやっぱり、誰とでも、できるもんアルか?」
「うーん。人にもよると思うけど…。チャイナさんは特別な人だけがいいんだ?」
「そ!…ういうわけじゃ、…ない。アル。けど。…でも、誰とでも、はなんか、違う…っていうか」
「でも沖田隊長はそんな誰とでもってタイプじゃないと思うよ」
「!ほんとアルか?…じゃあ、なんでだろ…。……ジミー、何笑ってるネ」
「やっぱり相手は沖田さんなんだね」
絶望と羞恥がないまぜになった表情でふるふると震えて目を見開いて固まった。
神楽のその様子に山崎はまた、笑う。
「まあ、それはいいとして」
山崎は、ブラックコーヒーを一口嗜んだ。
「キスは、好きな人にしたくなるものだよ」
(アイツは、わたしのことを嫌いだと思ってたヨ)
そもそも神楽だって沖田のことを好きだなんて思ったことはない。
むしろ、好きだと言う感情すらあまり知らないのだ。
銀時や新八、妙のことを好きだと思う気持ちと恋慕の情が違うことははっきりとわかる。もしも銀時とキスをしろと言われても、できるわけがない。想像したくもない。そばにいたいというその思いのベクトルは多分おそらく、恋とはまた違う向きだ。
つまり、神楽は初恋すらまだなのである。