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□毒入の赤
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キスをされた。
目を閉じることも許されない一瞬のそれに、ただただ、まるでビデオカメラにでもなったかのような無機質な感情で場を録画するしかなかった。
端整な顔が近づいてきて、唇に柔らかいものがあたった。それが相手の唇だったこともしっかり理解している。
そして、離れた。
その間、一秒と経たず。
閉じられていた瞼が、上がる。
覗いた赤が、神楽を見抜いた。
「ワリ。今なんも考えてなかったわ」
「ちょ、…え、━━━━━━━━ハ?」
瞬きすら、できない。
口が空きっぱなしになっているのは自分でも気づいている。でも、閉められない。
目だって、そろそろ乾燥がヤバイ。
「オマエ、何して?」
「何って、キス?」
なんで疑問形だっていうツッコミもしてやりたかったが、それは今じゃない。
今、自分に課せられた使命は、ただひとつ。
「何してくれとんじゃボケがァァァァァ!!!!!!」
夜兎である己の力すべてをもってして殴りとばすことだった。
毒入りの赤
「沖田隊長って、こう、なんていうか」
山崎が暫し狼狽した。
目が空を向いている。
「多分、頭がおかしいんだと思うよ」
おそらくその場にいたら殴られていただろうが当の本人はそこにはいない。
そして否定する人もまた、いなかった。
「そんなことは知ってるネ!アイツの頭は空っぽアル!」
いつものスーパーでアンパンを買いだめし、袋いっぱいのそれを抱えて店から出てきた山崎に、声かけたのは神楽だった。
いつものようにふてぶてしい態度ではあったが、どこか挙動不審に自分の周辺を見渡していた彼女に、立ち話もなんだからと提案した山崎は、どこか確信があった。
最近、といってもここ3日程、沖田の様子がおかしい。
決して皆に後ろ指差されて噂されるほどあけっぴろげではなく、長年付き合ってきた者ならわかるだろうほどの変化ではあったが、しかし確実に沖田は狼狽えていた。
まだ18歳だ。
その変化に目敏く気づいた彼の保護者、土方と近藤がそれとなく勘繰ってもさっぱりアタリをつけることはできず。また、山崎も同じだったが、しかし誰も彼もが予想はしていた。
おそらく、神楽のことじゃないかと。
沖田が心ここにあらずの状態で屯所に帰ってくる前、神楽といつものように公園で喧嘩していたらしいことは知っていた。公園の請求書が屯所に届けられていたからである。
そして沖田がその少女に、少なからず特別な念を抱いていたことも、また、皆が知っていた。
沖田本人が言ったわけではないが、態度でわかる。
だからこそ、山崎は神楽を最近話題のコーヒーショップに誘った。
アンパンを大量に抱えた新選組の隊服を着た男とチャイナ服を着た幼い少女の組み合わせは非常に怪しく、やけに視線を集めたが仕方ない。この少女はここ最近、著しく成長し始めた。
出会った頃より身長も伸び始め、少しだけ体型も変わってきている。それでもまだ大人の体型には程遠いが、たまに魅せる表情にハッとさせられることが増えてきた。
神楽は成長期を迎えている。
彼女と20近く離れている山崎でさえ時々息を止めることがあるその成長を、沖田がどう思っているのだろうか。
何を思ってキスをしてしまったのか。
(━━━━━━━━沖田隊長の様子からすると、大方、気づいたらしてた、みたいなかんじなんだろうけど)
18歳はまだまだ子供だ。大人の殻をかぶった、子供である。
金銭面だって、自分で生活するには充分な額は稼いでいるし、運転免許だってある。外面は大人で申し分無い沖田でさえ、まだまだ周りの大人に比べれば経験値が圧倒的に足りない。
冷静であろうとして無表情の下に隠された少年の面影が垣間見得る沖田は、今の状況を打破する術を知っているのだろうか。
━━━━━━━━目の前で、甘い生クリームがふんだんにのった抹茶ラテを飲むこの幼い少女が、何を思って頬を染めているのだろうか。
ブラックコーヒーを片手に山崎は、楽しげに笑った。