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□モデル神楽とメイクアップアーティスト沖田の運命論
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大抵男はロマンチストであり、女はリアリストである。それはきっと、どこの世界でもどの時代でも同じであって、だからこそ「きみの瞳に乾杯」なんていうクサイ台詞が生まれ出たのだ。

女が試されるのは、その胡散臭い台詞に酔えるか否か。

いつだって腹の探り合いなのかもしれない。






「テメェはどっちかっつーと目がデカいからかわいい系なんでィ。だから口紅の色も赤よりピンクとかオレンジとかのほうが似合う」

「えー。私、ピンクもオレンジも好きだけど、一番好きなのは赤色ネ」

「赤はテメェには大人っぽすぎるんでィ」


またこれだ。すぐにガキ扱い。

いい加減殴りたくもなる。大人だから殴るなんて粗暴なことしてやらないけど。



(精神年齢的にはぜったいオマエより年上だっつーの)



確かに、沖田が神楽に施すメイクはいつもその大きな目を更に丸く、かわいらしく演出するようなメイクであった。
同じ年代のモデル仲間で徳川そよというどこぞの財閥の令嬢がいるが、彼女はいつも赤色のルージュをつけていることに思い当たる。

切れ長の目尻。癖のない真っ直ぐな黒髪。
確かに彼女は赤が似合う。



それを施してるのも、沖田だった。













*












私生活でも化粧ができるようになりたいアル。




そう言ったのは神楽だった。


沖田が、少しだけ目を丸くして、そして眉を寄せた。

「…なんで。」



「な、なんでって、別に。そんな、深いイミは…」




ちょっとでも、大人になってやろうと思って。とは、言えなかった。
それこそ、どうして大人になりたいかの元凶は沖田本人だからだ。言ったら爆笑されるに決まってる。

追いつきたい、なんて言ったら一蹴されるに決まってる。呆れたような目で。


「━━━━━━━━それは、カレシかィ?」


どうにも、ものさびしそうに見えたのは自分の願望故か。すこしだけ、焦燥の色すら混じったように見える。


でもそれも、刹那のこと。





「雌豚が色気づいたって豚ってことには変わんねェけど」

「豚じゃないアル!!それに、カレシでもないネ!!!ただ、自分でもしてみたいってだけアル!純粋な興味ネ!!!」




ふーん。と、沖田は神楽の目を見た。
探るような赤色に覗きこまれて、神楽は身を抓った。
ドクリ、ドクリと主張するのは全身に血液を巡らせるための臓器である。心臓がやけに存在を主張するから、なんとなく喉元に触れた。動脈が跳ねる。


いつだって自分は、この年上のオトコに負けている。


「まだ、化粧なんてしなくてもいいのに」



その赤い瞳が、瞼に覆われる。色素の薄い睫毛が生え揃ったそれが、一生閉じたままでいるかのようなそんな錯覚に一瞬陥る。


「化粧なんてしなくても、」



沖田が、黙った。


薄いくちびるが、ピタリと動きを止める。




「?」


不思議に思って首を傾げた。
沖田の赤色の瞳は、一生見れないかと思ったことを嘲笑うように、いたって普通に神楽を映し出している。

焦燥。
動揺。


疑念。











空白。
















その赤色にはきっと様々なモノが隠されていて、それらをひっくるめて沖田は大人であろうとひた隠す。

それが無意識か、それとも。



四つの差は、神楽にとって酷く大きい。








「━━━━━━━━つーか、ゴリラに人間の真似ができんの?」


「テンメェェェェェェッ!この可憐な神楽様になんてこと言うネ!!」

「ほれ、すぐそうやって得意の怪力自慢して。とても人間の所業とは思えねェ」


沖田がそう言って指さしたのは反射的に握られた神楽の拳である。

ぐっ、と言葉に詰まる神楽をニヤニヤしながら見ていた沖田は、殴りかかってきたその拳をパ、と手を開いて解放した。



「なら、これでもやらァ」




代わりに掴まされたのは、ビューラーだった。





「これ…」


「テメェの睫毛は長くてふさふさしてるからゴリラでも挟めんだろ」







それを神楽は、両手で至極大切そうに握り締めた。












*









沖田は神楽のメイクアップを担当しているが、他にも担当するモデルやら女優やらさたくさんいた。なにしろ、腕はその筋随一で有名だったし、指名が多い。

そよもまた、沖田に魔法をかけられる女のひとりだった。



今日は件(くだん)の彼女と、撮影が一緒である。

彼女の唇は、今日も赤色だ。



(まるで赤色は、大人の象徴ネ)


そのふっくらした唇からまるで色気が吐き出されているかのように思える。

眩しい。






(そよちゃんは、沖田から赤を塗ってもらえるのに。)






━━━━━━━━沖田の、目の色。







特別な、色。










それすら。










わたしにはまだ、はやい?

















「うらやましいヨ」









大人っぽい彼女の容姿も。



黒い真っ直ぐな髪も。








その、赤色も。















「あー」








神楽は数多の白い光に照らされながら天井を仰いだ。

カメラが神楽ひとりだけを映している。






「決めたヨ」











意志の篭った瑠璃色が、目の前のレンズを射抜いた。シャッター音が響きわたる。








「いつか、赤色が似合うオンナになってやるネ」










その強い女性を思わせる神楽の写真は、とあるマスカラのポスターとして街中に貼られることとなった。
















煽り文句は、『恋の目線』。
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