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□モデル神楽とメイクアップアーティスト沖田の運命論
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大きなてのひらが神楽の頬を包み込む。節くれだった細い指が唇を優しく撫でた。
(溶けちゃいそうアル)
彼の触る部分が、次第に熱を持っていくような感覚に目眩がする。魔法のような行為が神楽自身を興奮させた。
胸が、高鳴る。
時によってキスしそうなほど顔が近づくことがあるが、その真剣そのものの表情から目が離せなくなるのだ。男性にしては大きめな目が神楽だけを見ていると思うと何者かへの優越感と、征服感に襲われる。
ぼうっとして心無しか熱の篭もった目で何とはなしに目の前の男━━━━━━━━沖田総悟を眺めていると、不意に唇から手が離れた。
(あっ…)
沖田の熱が離れることに惜しんだそのとき
「なーに寝てんでィ」
デコピンをされた。
「いったいアル!!!いきなり何するネ!!!!しかもデコピンのクセにわりと強烈!!!!」
「俺のデコピンは天下一の痛さを誇ってたらいいのになあ」
「まさかの願望かヨ!!!!馬鹿か、オマエは馬鹿か!!!」
「きゃんきゃん騒いでんじゃねーよメス豚が。テメェまた昨日リップ塗り忘れたな?」
「うぐっ…!でも朝気づいて、家出るとき塗ってきたネ」
「そういうことじゃねーんだよ。リップを塗る習慣をつけることが大切なんでィ」
「…うー」
「それにテメェ化粧水もしてねーだろ?肌が乾燥してらァ」
「マジでか。まだ10代なのにアルか」
「10代の頃からちゃんとしとかねェとそこらへんのババアみてェにシワだらけになるぜィ」
そう言って沖田は神楽の唇にグロスを塗った。
「これで乾燥も隠せらァ」
それが仕上げだったようで、ぽんと頭に手を置かれる。そのまるで子供にするかのような仕草に神楽は鏡越しに沖田を睨みつけた。
「せっかく髪の毛セットしてもらったのに崩すなヨ」
「崩してねェや肘置きにしてるだけだわ」
「肘ごと握りつぶしてやろうか?握力には自信あるネ」
神楽が頭の上に手を伸ばして沖田のワイシャツに包まれた肘を掴んだ。ときだった。
沖田が、神楽の目を見つめて口を開いた。
「やめとけ。テメェを一番カワイクできんのは俺だからねェ」
「え」
「他の人じゃテメェみたいなゴリラを人間のオンナに返すことはできないだろうなあ」
「ふざけろクソガキ!!」
「ガキはテメェでィ。何歳差だとおもってんでィ」
沖田は口元をニヒルに歪めた。が、どこか満足気に目を細める。
その紅色の眼が、微睡むような温度で自分を見つめていることに気づいて、神楽は俯いた。
「うーん、やっぱり俺ァ天才だな。自分の腕に感服でさァ」
「…今日も潔いほどのナルシストぶりはさすがアル」
「ほんと、冗談じゃなくテメェの魅力は俺が一番引き出せると思うぜィ。━━━━━━━━カワイイ」
そう言って、沖田はもう一度神楽の頭をポンポンと優しく撫でて楽屋を出ていった。
ほんと、信じられない。神楽は熱を持った頬に手で扇いだ風をあててその熱を少しでも発散させようとする。
かわいい、なんて。そんなの当たり前アル。
職業柄、言われ慣れてるはずなのに。
心臓がまるで洗濯機の中で弄ばれるように洗われる洋服のように、ぐるぐると飛び跳ねた。
アイツに言われた『カワイイ』が、自分の心臓をおかしくしているという事実に頭を抱えたくなる。が、セットされた髪の毛を崩すことは出来なくて、悶々と百面相する自分を鏡越しに見つめることとなった。
「ウン、カワイイ」
ぱっちりした目に、口角の上がったぽってりとした唇。ふさふさのまつげに大人の手のひらで包み込める程度の顔の大きさ。スッと通った鼻筋。
幼い頃から外見を褒められることは多かった。母親に似てスタイルもよかったから、いつだって天使と持て囃されていたし。
「大体、スッピンだってかわいいモン」
何がゴリラだ。人間みんなゴリラと大して変わらんわ。
そういいつつも、撫でられた頭の上を見てはドキドキと鼓動が早まる自分に気づいた。
だからこそ、先程の沖田の台詞が頭に反濁する。
『何歳差だと思ってんでィ』
「そんなの、…いっつも思い知らされてるヨ」
大きくて、でもやっぱり小さいような4歳差。
中学や高校では、ぜったいに被らない年齢差である。
まして、神楽はまだ18だ。
対して沖田は、既に成人していて酒だって飲める。
4歳差は、神楽にとっては大きくて厚いものだ。