krbs short

□レンタル彼氏
1ページ/5ページ

艶が溢れ出るくらいに色気の詰まった蜜色がちらりと動く。どうしようもないくらいに頭がくらくらとして今にもしゃがみこみたいくらいには疲弊していた。もう、ずっとだ。朝早く起きて、朝のニュース番組へ番宣に出向いて、撮影して、取材を受けて、番組を収録して、ラジオの生放送もして、帰ったら日付は変わっていて。それから風呂入ったりなんだりすると、布団に入れるのはかなり遅い。3時間寝れればいいほうだった。ここ最近、忙しすぎた。仕事がいっそうハードになったのは黄瀬が月曜日9時からの話題沸騰人気恋愛小説が原作の連ドラの主役に抜擢されたからである。モデルが本業ではあるものの、俳優業にも興味を持っていた黄瀬がその機会を断るわけがなかった。それというのも、以前演じさせてもらった映画の主人公の親友役がとても好評だったというのもある。それなりに台詞がある役柄で、演技初挑戦の黄瀬がまわりの不安を払拭させたのは、クランクインのときだった。カメラがまわると表情が変わる。感情のはいった演技はとてもつくりものには見えない程に自然で、その映画はシーズンの人気を独占した。黄瀬の評価が上がったのもそれがきっかけだ。おかげでモデル業だけではなく時々連ドラの役がもらえたりはしていたが、出演するたび評価は上がり、今回ようやく主演がもらえたのだ。ようやく、とは言えないくらいのスピード出世だ。
黄瀬の役柄は幼馴染みに十年越しの片思いをしているというものだった。誰よりも近い距離にいるのにその距離が心地よく、壊し難いからそれ以上近づけない。もどかしい恋の話にさらに恋愛小説にありきたりな展開が加わった王道的な全体像。それが今夜放送されるのに向けた番宣はハード極まりなかった。でも、自信はある。黄瀬は確信していた。かなり良い演技ができたと自負している。だって、あの役柄は。

まるで自分のようだと思った。
幼馴染みではないけれど、黄瀬もなかなかにもどかしい恋をしていた。近づき過ぎてしまった為にこの関係を壊すのが怖い。けれど縮めたい。どんなに忙しくてもいつだって彼女を意識してしまうのだ。ーーーーもし、見てくれてたとしたら、どう思ってくれるかな?そんなことを考えながらカメラを見るからかいつだって表情に味があるとカメラマンには絶賛されている。最近はそれが顕著だ。色気がたっぷりと含まれた蜜色はいつだって切なげで、幸せそうな顔はあまり見ない。ただ、その表情がさらにイケメンを増長させていて誰も不思議に思わないし、バラエティや番宣の場ではいつだってあの万人が憧れる爽やかな笑顔で魅せるのだからそもそもそんなことには気づいていない人が大半なのかもしれないのだが。
(今夜、黄瀬くんのおうちにお邪魔しても大丈夫ですか?)
つい先ほど確認したばかりのメールにはその片思いの彼女からの短文が綴ってあった。ちょうどよかった。今夜は仕事が一段落して夕方からオフなのだ。最近はずっと会えてなかった。タイミングよく来た大好きな女の子からのそれにゆるむ口元を抑えようともしない。了承の意と、楽しみにしているということを書いて返信したところでマネージャーが移動だと呼びに来た。ーーーーあと2つ仕事をこなせば、会える。そう思うと俄然ヤル気が出てくる程には単純な男なのだ。



黄瀬は中二のときからずっとテツナが好きだった。だからもう既に黄瀬も十年越しとはいかずともそれに相当する年数恋をしているということになるであろう。その間ずっと本命はテツナ1人ではあったが、彼女がいないわけではなかった。むしろ、恋愛ごとに興味なさげな彼女に恋をすることがつらくなって自暴自棄に女遊びをしていた時期だってある。でも、そんなことをしても黄瀬が好きになるのはただ1人だった。今ではもう反対に、テツナを諦めることを諦めている。こうなったらとことん気の済むまで恋をすればいいや、と投げやりな思いだ。
そして、黄瀬とテツナが付き合い始めたのは高2のときである。意味がわからないと思った方もいるだろう。それはそうだ。当の本人でさえもよくわかっていないのだから。
その話を持ちかけたのはそもそもといえば黄瀬だ。普通に告白する勇気が出ないヘタレだったから、今日こそは、と思って誠凛へ出向いた。散々青峰に相談してかっこいい決めゼリフも考えて思わずテツナがOKしたくなるような告白をしてやろう、と意気込んだそれは成功に終わった。結果的には付き合えることになったのだから。しかしそれは極論だ。例えるなら炊きたての白米にホイップクリームをぶっかけるくらいにおかしいことだらけ。
だって結局、黄瀬は気持ちを伝えていないのだから。あの日、黄瀬が言ったことはといえば、「最近女の子からの告白が多い」といった内容。校門でテツナを待っている間にもいつものように群がられている黄瀬を見てテツナが先に言ったのだ。
黄瀬くんはいつ見てもまわりに女の子がいます。
テツナの能面のように仕事をしない表情筋の裏の感情を汲み取るには黄瀬は幼すぎたようだ。あはは、と困ったように頭をかいて、テツナを一瞥してはみたものの目が合うことはなかった。



「あの...さ、黒子っち」
「はい」
「その、...俺...さ、」
「はい」
「す、すす」
「すす?」
「すすすす」
「...黄瀬くん?」
「す.....................................................................................................................すっ」
「あの」
「すっ..............................げー困ってるんス」
「は?」
「え?」


今は告白をするところだったというところで黄瀬は外した。まさかのどもり。ただのヘタレである。
しかし、テツナはかなり優しい少女であった。黄瀬が逃げる為に放った困ってる、という単語にいち早く反応した。いや、してしまった。

「...困ってる?」
テツナが黄瀬を真剣な眼差しで見つけた。気の所為だろうか、顔つきが変わったようにさえ見える。
「よかったらお話聞かせてください」
そう言われて連れていかれた先はマジバ。席をとっててくれと言われるままに席についた黄瀬はいの一番にため息をついた。
ーーーーバカすぎるだろ、俺。
肝心なところで言えないだなんて男とすら呼べない。情けない。なんて切り出せばいいのだろうか。
すっかり青峰と考えた台詞だって忘れてしまった。眉を寄せて考え込んでいると声をかけられた。
「あの、もしかして今暇だったりしますかぁ?」
「もしおひとりなら一緒に席座りましょうよ」
顔を上げると、派手なメイクに明らかに人工なまつげをバサバサと瞬かせて寄ってきた。その誘いを爽やかな笑顔を向けて申し訳ないんだけど、と断った。
ふたりが去ったところで入れちがうようにテツナが席についた。どうやら後ろで出るに出れずにいたらしい。ごめんね、といえばいえいえそんな、と微笑まれた。黄瀬くんはいつもどこででもモテモテで、幸せなことなんでしょうけど大変そうですね。シェイクに口をつけながら発せられた言葉に思わず動きが止まった。ーーーーそれだ。それを使えばいいんだ。
普段はあまり役目を果たさない脳みそがフル回転された。ここ一年分くらい脳みそを活用して考える。
このときの決断が後にかなりの後悔を寄こすことになるとはまだその時は予想すらしていなかった。





「あのさ、相談なんだけどーーーーーー...」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ