krbs short

□夢中にさせたい
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ホイップクリームがこぼれた。
花宮が見てる目の前で。突然伸びてきた手によって。
犯人は、ニヤリと笑う。

「そんな睨むなって」
「死ね」

口角の上がった口元を見て花宮の纏う殺気が更に増す。原は少しも悪びれず、それを横取りした。
「ん、うまい」
花宮が食べていたのはシフォンケーキだった。最近美味しいと雑誌にも紹介された若者に人気のパティスリー。基本的に甘いものは好まない花宮は興味など示さなかったが、原が無理やり連れてきた。パティスリーと言ってもコーヒーあるし、つーかめっちゃケーキの気分なんだって。とか言ってたわりに原自身が頼んだのはキャンディという茶葉を使ったセイロンティーだ。なんだそれ。
金平糖みたいな甘さは確かに甘さを求めてた原の欲求を満たしたかもしれないが、ケーキ食えよ。と思うのは仕方ない。花宮に至ってはコーヒーを頼むつもりだったのにシフォンケーキにされたし。そのうえお好みでと添えられたホイップクリームぶっかけられるし。
まあ確かに、人気だけあってシフォンケーキひとつでさえも手が込んでいて見た目も可愛いし、ふわふわで美味しかった。紅茶の茶葉が入っているというそれは確かに甘すぎず、うえにまぶされた粉砂糖も主張しすぎず好みの味ではあったのだが。
でも、ホイップクリームはわけがちがう。砂糖が多量に含まれるそれは花宮にとって甘すぎる。眉間に皺を寄せたのを見て、原はイタズラが成功した子供のように笑った。いや、実際にイタズラが成功したわけだが。
「あれ、花宮ケーキもう食わないの?」
「ほんと死ねばいいのに」
「オンナノコがそんな言葉使っちゃダメだよ」
「うぜえ。紅茶寄越せ」
そう言ってまだ半分以上残ってるセイロンティーを引き寄せる。うん。甘いけれどマシだ。あとで口直しにカカオ100%チョコレート奢らせなきゃな。
花宮はそう決意してカップを置いた。視線を感じる。もちろん、原の。
ホイップクリームをたっぷりとつけた一口大のケーキを口の前に持っていく様子をじいっと見つめた。彼の口端が上がる。

「間接チュー」

思わずむせた。
目の前で咳き込む花宮の様子など関係なしとばかりにもぐもぐと咀嚼する、その様子は怒りを通り越して称賛さえしたくなる。花宮にこんなに容赦なくイタズラをしてくるのは原と桐皇の糸目な部長だけだ。思い出すだけで吐き気がする。
「花宮」
「あ?」
「あーん」
イライラして窓の外を睨みつけてた花宮が振り返ると、口の前に銀色のスプーン。人間は口の前に食べ物があると無意識に口を開いてしまう習慣があるというがそれはどうやら本当だったらしい。気づいたら口の中には甘ったるいふわふわ。ホイップクリームが存分に舌の上を滑っている。
「うまい?」
「…そんなにおまえは殺されたいのか」
「うーん」
勢いよくセイロンティーを飲み干した花宮の頬に原が手を伸ばした。予想外の行動に花宮の睨みが一瞬怯む。その様子に原が笑った。
「花宮にだったら、いいよ」
そうして親指で花宮の口端についていたホイップクリームを拭った。それを舐めとる。男くさいその動作が、ありきとりだけど花宮の心を動揺させたのか原から目をそらした。気のせいか、頬が赤い。

花宮と原が付き合い始めたのは、つい先週だった。今日がはじめてのデート。霧崎第一はみんな花宮厨だ。つまりライバルが多かったわけだが、花宮がなぜ原を選んだのかというと彼女は彼女で原が好きだったからだ。
原にとってははじめての、一世一代の告白が、花宮の心にうまく響いて、彼女のその瞳から涙が溢れるくらいには純粋なふたりのお付き合いであるが原は付き合いたてにも関わらず全く、態度が以前のそれと変わらない。
花宮にとってはそれが救いでもあるが時々ふたりきりのときにされる甘ったるい所作には未だ慣れずにいた。

ーーーーー大体、原は軽い。
今までしてきたお付き合いの数は何個あるのだろうか。具体的には知らないし知りたくもないが、花宮が知ってるだけでも両手を動員させなきゃ数えられないし、それらもすべて1ヶ月やそこらで終わってる。
それが、花宮には怖かった。
原に新しい彼女ができる度心が痛かったしらしくもなく涙を流したこともある。原はあのとき嘘をついているようには見えなかったけれど、もしかしたら自分のことも遊びなのかもしれないと思う気持ちは、この一週間で更に膨れていった。怖い。
別れを告げられるのが、怖い。
だから時々の原の甘ったるい行為が、心に痛い。慣れを感じるたび、恐怖が襲ってくる。一緒にいれることが嬉しいのに傷つくのがつらいのだ。

会計を終えて人混みに溶け込む。当然のように二人分を払ったあと、至ってスムーズなおかつ自然に花宮の手を取った原はいつものようにガムを膨らませながら楽しそうにだべりはじめた。この前ザキがさー、と楽しそうに話す原はいつもどおりだ。

(やっぱり、原は俺のことも遊びなんだろうな…)

それが、この一週間で出した結論だ。
信じたくはないが、そう思うことが一番楽だ。振られたときに。
原が今までつきあってきた女は大抵軽かった。それで別れる原因はいつも「相手が重い」それだけだった。
原に本気の愛を求めてはいけない。
付き合えるだけで満足だと、言い聞かせてはいるが、原のその甘い所作で、心が揺らぐ。ただ、苦しいだけだとその度に嬉しく思う自分がつらい。
期待しちゃ駄目だ。誰にだってこんなことできる。
繋いだ手を見つめ続ける花宮に気づいた原が、顔をのぞきこんだ。
「どーした?体調悪い?」
「…あ、あー…なんでもない」
「ん、そう?」
我慢するなよ、と言いつつ上半身を屈めた原が、慣れた所作で花宮の眉間にキスをした。
花宮が驚いて原を見上げると、既になんでもない顔をして歩き始めたあとだった。ひっぱられるように花宮も後をついていく。熱くなった頬を気づかれないように必死に繋いでないほうの手の甲をあてて冷やす。
付き合ってるのに、つらい。
もやもやが広がった気がした。
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