krbs short

□キャンディナイトが明ける
1ページ/2ページ

目が痛い。うざい。
そのふたつの言葉が真っ先に頭に浮かんだくらいには目の前の男はキラキラしていた。問答無用で殴りたくなる。イグナイトしてやろうか、とジト目で睨んでやった。大分差のある身長差はテツナの首を容赦なく痛みつけてくるのだ。本当に憎らしい。
「シャラい」
「シャラいってなに」
テツナが嫌悪感丸出しで言い放つとその男━━━━━━━━黄瀬は心底面倒くさそうに口を開いた。
「なんかシャラシャラしてて見ててイライラします。さっさとその校則違反のピアスがついた耳を切り離してやりたいです」
「さすがに物騒すぎるでしょ」
苦笑いをしつつも黄瀬は反省する気も見られない。テツナの言うことにも渋々耳を傾けているといったかんじだ。…舐め腐ってる。
「大体その制服の着方。女性付き合いのだらしなさが着こなし方にも現れるって本当なんですね」
「…は?」
「ボタン開けすぎです」
手に抱えていたボードに黄瀬涼太、と書き留める。すっかり書き慣れたその字は漢字すらも危うさなく覚えている。朝の服装検査。7:45から始業までされるそれのブラックリストのひとりが今テツナと相対している男だった。
校則違反であるピアスを片耳に開け、服装はだらしなく授業はサボり常習犯。不良だとかそういうわけでは決して無いのだが優等生かと言われたら頷くことはし難い。おまけに超がつく美形具合でいつも周りに女の子がいる、風紀委員長などでなければテツナとは関わることも無かったであろう人種。
今も一緒に登校してきた3人の女の子(皆スカートの丈は短いうえに校則違反が多々ある格好である)に「また涼太委員長に怒られてる〜」って笑われている。言っておきますけどあなたたちも名前書かれてますからね、と心の中で毒づき、黄瀬を見た。ダルそうにテツナを見ている彼に手をさし出す。
「え、何スか」
「ピアス」
「は?」
「今日という今日は見逃せません。ピアス没収します」
「…聞いてらんね…」
女の子を促してテツナの前から歩き出そうとする黄瀬の腹に思い切りイグナイトを打ち込む。声なき悲鳴と共にズルズルと腹を抱えて蹲った黄瀬を思い切り蔑んだ目で見下ろしながら脇にビクビクしながら立っていた副委員長の降旗に目線を遣る。彼はテツナの意図に気づいたのか恐る恐る黄瀬に近づき今のうちにとばかりに外したピアスをテツナに渡した。
「これは今週いっぱい預かっておきますから」
そう言って他の違反者に指導に行ったテツナの後ろ姿をにらみながら蹲ったままの黄瀬が「お堅いオンナ」と毒づいた。





*





放課後、委員会が終わった後の教室でテツナは溜め息を漏らした。今日の議題は最近の不要物持ち込みについてだった。例に出されたのは本日新たに没収されたネックレスや漫画本、雑誌などだった。その中のひとつに女子高生向けの雑誌があった。なんとなく開いただけのページに目がくぎづけになる。それはお付き合いのノウハウ、といったページだった。
━━━━━━━━最近、告白をされることが多くなった、というのがテツナの密かな悩みである。
それは本来嬉しいことのはずだ。しかし、テツナは恋をしたことがなかった。だから、気まずい。勇気を出して赤裸々に綴ってくれた甘いセリフを断ることになかなか慣れる事はできない。いつまでも怖くて勇気がいるのだ。
「…どうしてみんな、こんなに恋なんてするんでしょうね」
憂いげに雑誌を捲るテツナにチラリと視線をやった降旗は乾いた笑いを漏らす。実際、降旗の周りにもテツナのファンというものがいて、近況報告をせがまれたりしている身なのだ。
黒子テツナ。風紀委員長。
儚げな存在感と整った顔立ち。透明感のある白い肌とくりくりな目。華奢な体つきに反するように自分の意見ははっきりと通し、風紀委員として堂々と立ち振舞う姿はなかなかに格好いいもので。
「黒子は、恋したことないの?」
「…惜しいことに、まだですね。してみたいとは思ってるんですが」
「そうなんだ」
「降旗くんは経験済みですか?」
「うーん、初恋はわりと早かったかな」
「どんなかんじなんですか?」
いつになくぐいぐい話を聞きたがるテツナを思わず降旗はのぞき込んだ。キラキラと好奇心に満ち溢れた瞳が恋への憧れを表していて。思わずクスリと笑みが溢れた降旗を眉を寄せて軽く睨む。
「え、なんで笑ってるんですか」
「なんか黒子も女の子なんだなって」
「失敬な。私だってそういう年頃ですから」
降旗曰く、恋はすごく楽しい…らしい。いつも頭の中に相手がいて少しでも見かけると視界に入ろうと努力したり話したりすれば一日中幸せだし。やはり、そういうはなしを聞いてもテツナには身に覚えがなかった。もう高校生なのになあ、と寂しくも思う。テツナもやはり今時の女子高生なのだ。
15分くらい話しただろうか。降旗が部活に行くと言って教室を出てから帰宅部のテツナは再び雑誌に目を通していた。そうか今時のカップルは3ヶ月で事に及ぶのかと特に必要のない知識を増やしているところで廊下に足音が響いてきた。今テツナがいる教室は特に角部屋でもない為、奥にある2年生の教室へ行くのかとあえて気にする必要性は皆無だった。しかし、その音が今いる教室の前で明らかに止まったことに違和感。降旗とは違う堂々とした足音。不思議に思って振り向いたのと、校則破り常習犯がひょこりと顔を出したのは同時だった。

「委員会だったんスか?おつかれ」
「…シャラい」
「だからシャラいって何なの」

黄瀬涼太。この学園の王子様。まるで絵本から出てきたかのような容姿にハニーブロンドヘア。甘い笑顔はまるで毒だ。テツナが唯一、いけ好かないと思っている人間。世の中を斜めに見ている甘ったれた男。まさに井の中の蛙だ。

さて。そんな彼が何故お互いいがみ合っているとは言わずとも好印象では決してない筈のテツナのもとに訪れたのかというと理由は明白である。違和感を発する左耳からもそれは見て取れるだろう。それは。




「今週いっぱい預かると言いましたよね」
「ほんといい加減にして欲しいっスわ。見逃してよ」
「殴りたい」
「風紀委員は校内の規律を守ることが仕事じゃないんスか。暴力は校則で禁止されてるっスよ」
「僕は長なので少しの違反は見逃されますよ。王には特権がツキモノですからね」
「民主主義とは果たして」
「国家全体といち高校は別物ですよ、黄瀬くん。ひとはひと、うちはうち精神です」
「口ばっかは立派っスよね」

引き攣った笑いを表に出しながら黄瀬はテツナの向かう机の前の椅子に跨るように腰掛けた。背もたれに腕を組んだ状態で、腕の上には顎をおいている。のぞき込んでくるようにテツナを見てくる彼の視線に気づいて絶対に合わせてやるもんかと手元のノートに思考を集中する。
ペちり。
なんとも間の抜けた音がこだました。




「…………………なにしてくれてんですか」
「デコピン」
「邪魔するなら出てけ」

容赦ないイグナイトが黄瀬の脇腹を正確に襲う。咄嗟に避けることに成功した黄瀬は冷や汗をかきつつテツナを睨みつけた。

「ほら」
「なんですかうるさい」
「今のっスよボーリョク。今はギリギリ避けたけど朝はモロだったし」
「いい気味です」
「あてたのアンタだけどな」

美人の睨みはまるで蛇と蛙だ。迫力がある。すうっと細められた目が恐ろしさを際立たせるのだ。負けじとテツナも見返してやる。内心で怖いと思ってることすら鉄仮面といわれる表情筋のおかけで読み取らせずに済む。
黄瀬は、ため息をついた。

「ほんとめんどくさい」
「奇遇ですね。僕も君のその世の中甘いっスとか言ってそうなところ、そう思ってます」
「大体にして風紀委員とかめんどくさいやつばっかじゃないっスか」
「話聞けよ」
「うーん。そうっスね…。例えば今日、俺のピアス取った人とか」
「…降旗くんがどうか?」

くたり、と首を傾げたテツナにわざとらしげに眉尻を下げた彼はテツナの耳元に口を寄せた。
空気が、振動する。

「自分の意見が言えない弱い人間で従うことしか出来そうにないっスよね」

テツナが、近距離のまま黄瀬を睨みつける。間近に見る彼女の怒りに思わず息を呑んだ。しかし、黄瀬だって引く気はない。お互いの顔の距離は大雑把に考えても十センチ弱だろう。




「僕の仲間を悪く言ったら許しません」







「━━━━━━━━…へえ。仲間」








明らかに不機嫌になった黄瀬がテツナから顔を背けた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ