krbs short

□キャンディナイトが明ける
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淡くて面倒くさくて望み薄い恋をしている。

希少価値と称されるほどの美しさを併せ持つ男は異性からの注目の的。どこの少女漫画だよ、と言われるほどの完璧王子。それが例え演じていたのだとしても女子的には構いやしない。至ってシンプル。表面上を大事にするうえ、中身は割と譲歩されることになる。女子はいつだって面食いだ。


そういうわけで、黄瀬は女子という存在に辟易していた。面倒くさくてうるさい。外見ばかりはハードな人間関係から培われた愛想笑いで猫かぶりをしているが、内心冷めた目で言い寄ってくる女子を見ていた。


それが変わったきっかけは運命的な出会いを果たしたことである。運命的というのは少々大袈裟ではあるものの、彼にとってはそう形容して充分なくらいに重要なイベントでありフラグであった。




高校生になって2週間したかしないかくらいの頃から各委員会は一年を加えた活動を始めた。ちなみに黄瀬は無所属である。部活動勧誘の声が飛び交うなか水色はしたたかに立っていた。

まるでまわりと同化してしまいそうな不安定さ。色素が薄過ぎて消えてしまいそうだと心配させられるような。



一目惚れだと定義されるだろう出会い。外見に反する意志の強そうなまあるい目が黄瀬を見たとき、心臓が面白いほどに暴れたのだ。しかし、それも長くない。というか一瞬にも満たず━━━━━━━━まさに刹那だった。


目の前を通る人を観察しているようである。彼女は風紀委員の腕章をして目の前を通る人を観察しているようだった。見るからに校則違反のスカート丈の人やワックスで異常なほどに塗固められた(傍から見るとただのナルシストにしか見えない)髪型の人に注意を行っているらしい。黄瀬は羨んだ。苦渋を味わったと言っても良い。


結局、黄瀬は声をかけられるどころか視界にすらも録に入れなかったのだ。

校則違反をしていなかった為に。









それから、黄瀬はわざわざ左耳にピアスを開けた。制服だってだらしなく着た。おかげで彼女の目に留まり、名前まで覚えてもらえるようになったのである。

そこまではよかったのだ。





しかし。




テツナに、嫌われている。
その事実が心を蝕んだ。
会えば全力で顔を背けられる。無表情のまま。当たり前だ。注意される度にテツナと話せているという事実に舞い喜び、無意味に突っかかったのだから。

しかしそんなことすら気づかない程必死だったのだ。
だからその事実に初めは泣きたくなったけれど、認識されていないよりはマシかと思い直して眉を寄せつつその関係性を続行してきた。誰よりもテツナに近い存在。その称号が黄瀬を支えていた。いつか素直になれたらと思いつつ。

それが変わったのは高2の秋だ。
テツナは無事風紀委員長に就任した。生徒会選挙では他の立候補者なんて見向きもせず彼女に票を入れた黄瀬は、表面上は「黒子っちが委員長とか…ますますめんどいっス…」とため息を吐く振りをしていたが、内心は全力で拍手をしていた。誰でも好きな人のことは応援したくなるものである。

しかし、問題が発生した。
委員長を支える存在である副委員長に男が就任したのだ。しかも、いつもテツナと共にいる。降旗。今まではひとりで立っていたテツナだが、委員長と副委員長はセットで服装点検をするきまりらしい。いつも金魚の糞のようにテツナについてまわる彼が黄瀬は大嫌いだった。





つまり、黄瀬は嫉妬に侵されていたことになる。



狡い。

テツナが降旗に対して微笑みながら接していたところを見てしまってから黄瀬は降旗への嫌悪を隠すことはしなくなった。ずるいズルイ。うらやましい。黄瀬は一度も微笑みを向けられたことすらないのだ。




ピアスを没収されたことだって別に良かったと思う。
むしろ、取り返しに行くことで放課後もテツナと会えるな、と喜んだ。ひとりのときに会いに行って、できれば少しでも距離を縮められたら…とも考えた。

実際テツナはひとりだったし、嫌悪に塗れたとはいえ会話だっていつもよりたくさんした。その事実に舞い上がっていたというのは否めない。


だから。


テツナが降旗のことを仲間だと言った。侮辱したら怒った。これまでにないほどの怒りを顕にして黄瀬を睨んだ。




嫉妬でどうにかなりそうだ。
















ふわりと香る固形石鹸のにおいが鼻を擽る。







腕に閉じ込めた黄瀬よりも何十センチも小さくて華奢で頼りなげな体が動きを止めた。黄瀬の胸に顔を埋めてしまっているため表情はわからないが反抗しないあたりを見るに混乱を極めているのだろう。微動だにしない。

可愛いなあ。





独り占めしたいなあ。








黄瀬は、テツナを抱きしめた。
黄瀬への嫌悪でたっぷりの視線をこれ以上向けられるのが辛かった。
約三年。我慢しつづけた恋心が爆発した結果だ。





「…な、にするんですか離してください」
「ヤダ。離さない」
「黄瀬くん。さすがの僕も怒りますよ」
「苦しいんスよ」
「この女狂い。質の悪い冗談はやめてください」
「黒子っちが!俺を嫌いっていうことが…苦しい」







肩がびくりとした。突然の大声に驚愕したのだろう。テツナを抑えつける力が少し緩まったことで顔を上げたテツナと目線がぶつかる。既にさっきまで浮かんでいた嫌悪の色は消えていた。
否、数秒前まではあった。嫌がらせだと思ったのだろうか、顔をあげて…黄瀬の目を見たテツナは、それを消した。消すしか無かった。今まで見たことない。こんな表情。




黄瀬の、目は、真剣そのものだった。











黄瀬は、薄い桃色の無防備な唇にキスをした。
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