krbs short

□フランボワーズミラベルパンプルムース
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初彼が出来たのは確か中二のときだった。図書委員をしていたテツナは、同じく図書委員をしていた同級生に告白されて、付き合った。毎日がスパンコールで塗れたようにキラキラとして、飴細工のようにツヤツヤとしていて楽しかった。手をつないで帰ることくらいしかしていなかったけど、それでお互い満足だった。

テツナは年頃の女の子のように恋に積極的ではなかったけど、緩やかで優しいお付き合いは片手で数える程ではあるが経験している。パティシエ見習いになってからはお付き合いしているわけにはいかなくなってすっかり疎遠ではあるが、恋がどれだけ幸せなものかそれなりに理解はしているつもりだった。それに。










ーーーーーーーーああ、綺麗だなあ。






こうして誰もいない昼下がり。洗い物を片付けながら脇目で覗く生クリームを泡立てる黄瀬くんの真剣な表情が好きだ。彼はケーキを作っているとき、余計なことは頭から排除するようで。集中力が凄くて、空気がピリリと辛くなる。そんなスパイスが効いた空間もなんだかとても居心地が良いのは、テツナ自身が黄瀬のケーキに酔っているからかもしれない。

ーーーーーーーーああ、素敵だなあ。好きだなあ。


泡立てるときは機械より腕で泡立てたほうが美味しくなる。

それはいつか黄瀬が黒子に言ったものだった。黄瀬くんってひとつひとつ生クリームを泡立て器で作ってますが、機械は使わないんですか?単純に思った質問を投げかけたら、得意気に返された。
それに、ほら。ウチはそんなに客足が多いわけじゃないぶんひとつひとつ丁寧に作れるっスからね。愛情込めて丹念にっスよ。
たからだろうか。黄瀬の作ったホイップクリームはとても柔らかくて、優しい味。砂糖も甘すぎないし、素材の味をよく活かす。それに、あの生クリームを泡立てるときの腕まくりした筋肉のついた腕が好き。男らしくて頼りある。パティシエは綺麗なお仕事に見えるけれど実は力仕事なのだ。そして基本的に男女差別はない。女子だって袋いっぱいの砂糖や小麦粉を容赦なく持たせられる。おかげでテツナの腕にはおよそ似つかわしくない筋肉がついた。でもそれが逆に一人前に近づけている証だと思うと自慢でもある。

パティシエは肉体労働なんスよ。それでもやっていける自信はある?

これは、テツナが面接で黄瀬に聞かれたことだった。一応知識はあったから、頷いたものの、実際働いてみると甘く見ていたんだなあと思わせられる。一日中立ちっぱなしで作業するし、冬はお菓子の鮮度を落とさないように暖房は入れられない。だけど、楽しい。好きなことに関わって仕事ができるというのは、もしかしたら凄く幸せなことなのではないだろうか。確かに辛いけど、でもそれ以上に。

職場にも恵まれたといっても過言ではないだろう。テツナの専門学校時代の友達は有名店に就職したものの、人間関係が複雑で大変だといっていた。ここは黄瀬と、時々ギャルソンをしてくれる相田さんの三人だけ。しかも相田さんはクリスマスだとかバレンタインだとかのシーズンにしか手伝いには入らないからほとんど2人での職場。大変ではないと言ったら嘘になるが、でも、楽しい。
それにはじめの頃はケーキなんて全く作れなかったけど、最近になって黄瀬が
「そろそろ黒子っちもケーキとか作ってみたら?仕事終わってからになっちゃうんスけどここのキッチンも好きに使ってくれていいし。その代わり試食くらいはさせてね?」
と言ってくれたおかげでテツナは終電ギリギリまでお菓子を作る。黄瀬の普段の手の動きを真似て実践するのだがやはり上手くいかない。たまに一緒に残ってくれてテツナにアドバイスをくれたりもするが、基本的には放任主義だ。見てうまくなれ、ということなのだろう。おかげで仕事中に盗み見をするのが上手くなったな、とは自分でも思っている。

ーーーーーーーーどうしてこんなに綺麗なお菓子を作れるんだろう。

凄いなあ。凄いなあ。
あの大きな手が、こんな繊細で美しい飴細工を作るのだ。本当に憧れる。どうして。どうやって。テツナの探究心が枯れることはない。黄瀬は、テツナの憧れで、そして目標なのだ。素敵だなあ。黄瀬くんは、同じ年なのに。そして、ちょっとだけ、恨むのだ。どうして彼はこんなに恵まれているんだろう、と。黄瀬涼太はテツナにとって憧れで、限りがない才能には妬みさえ覚える。だけどそれ以上に黄瀬が努力しているのを知っているし、お菓子に対しての情熱を日々実感させられるから、こんなに尊敬できるのだ。
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