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□フランボワーズミラベルパンプルムース
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隠れ家的なお店はリピーターが多い。


ラ・パティスリー・キセキも例外ではなかった。隠れた名店。どの商品を選んでもハズレはない。満足させて客を返すことができる。意外とそんなお店って少ないのかもしれない。

「あら。テツナちゃん少しお肌が感想してない?」
「そうなんですよねぇ。仕事柄水に触れることが多いのでハンドクリィムもあまり効果がなくって」

お客様とそんな話を交わした翌日。
ここのハンドクリィム凄くオススメよ、と可愛らしいラッピングをしてプレゼントしてくださったり。
逆に近所に住むという若い男性の骨ばった薬指にシルバーリングが嵌っているのを発見して「おや。ご結婚されたんですか?」「いや、まだ婚約止まりなんですけど....近々籍入れようと思っていて。その時はとびっきりのウェディングケーキ頼みますよ」と幸せのお裾分けをしてもらったり。

此処は幸せが溢れる場所。

大々的に大通りで店を開いていたとしたら多分築くことのなかった関係がこのお店にはたくさんある。このお店でーーー黄瀬のもとで働くようになり、テツナのなかでお店、というものの定義が変わってきていることに気づいた。



「恋の味」





「....はい?」





昼から降り始めた雨のせいか客足も途絶えた昼下がり。スポンジケーキをオーブンに入れ終えて一息ついたとき唐突にそう呟いた黄瀬は焦るように鉛筆とスケッチブックを手にしサラサラと何かを書き始めた。

ーーーーー恋の味。

それは苺とブルーベリー、ワイルドストロベリーと、グレープフルーツがふんだんに使われたミルフィーユだった。
三枚のフイユタージュの間にはたっぷりとホイップクリーム、そして上記の果実を挟み込んでてっぺんには粉糖がまぶせられている。苺、ブルーベリー、ワイルドストロベリーの甘さに対しグレープフルーツの酸っぱさが良い調和を生むのだろうな。ざっくりとしたメモとイラストを見るだけで楽しくなってくる。黄瀬の考えるケーキは綺麗で美味しいのだ。だからこそこんなに常連客も多いのだろう。

「ーーーーーどう?」
「すごく素敵だと思います。恋が甘いだけではなくて酸っぱさも含まれているところがまた」
「現実味があるでしょ?」

そう言ってテツナを見つめた甘い蜂蜜色の瞳はゆらゆらと揺れていたのだが、ケーキ(正確にいえばスケッチブック、だが)に気を取られているテツナは気づかない。黄瀬の瞳に込められた甘い感情も。このケーキの意図も。
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