krbs short

□下手くそなキス
1ページ/2ページ

ステンドグラスを抜けてきた光がキラキラと輝き主張する。軽く焚かれたアロマはさつきの鼻を擽って漂う。ガラステーブルの上にはベーコンとチーズの鎮座するピザやホワイトクリームから出来たドリア、透明のサラダボールには、いっぱいのレタスやキャベツ、トマトに、一口サイズの豆腐などが混ざったマーメイドサラダがあって、中央には『Happy Birthday』とチョコに書かれた大好きな生クリームのホールケーキもあった。
「美味しいなこれ」
「ミドリンもきーちゃんも本当に料理上手だね。今度私にも教えてくれない?」
「桃井には教えても実らなそうだ」
「さつきは食べ専にしとけよ。どうせポイズンになるんだからよ」
「二人とも酷くない!?」
お洒落にまとめあげられた部屋は黄瀬の部屋で、ある程度の広さはあるのだがやはり高層マンションとだけあって七人も1つのテーブルを囲めば流石に狭さは感じるものだ。しかもそれが長身の人間ばかりだ。圧迫感を感じるのはきっとさつきだけではない。
緑間と黄瀬が今日の料理をすべて担当し、紫原がデザートやらバースディケーキを作った。別にサプライズだとかいうわけでもなかったが、たださつきの誕生日を名目に久しぶりにキセキと呼ばれた面々が集まって飲み会をするのだと思っていたから、ここまでしっかりとした会を開いてもらえるとは思ってなくて驚いたし、嬉しかったのだ。いつにもなく機嫌は良く、調子良く酎ハイを煽った。買い出しは赤司の財布を使ったようで、ひとつひとつが高いブランド物だから、この機を逃すかとばかりに次々と消費している。
昔からこの面子で集まることは多い。一時は決別していた彼等も高校で仲直りをしてからはよく昔のように部活帰りにストバして笑いあったりもした。大学では赤司と紫原も東京に帰ってきて、それぞれが各々の将来に向かって歩きはじめ、社会人となった今では、バスケを続けているのは青峰くらいだ。キセキの世代と呼ばれスポーツ界を賑わせた彼等を、誰もがプロになって活躍するのだろうと信じていたその期待を裏切り、未だバスケと関わりを持つのは1人だけだが、それでもキセキ全員がバスケを好きな気持ちは誰1人として変わっていなかった。今でも集まればストバのコートを予約してがむしゃらにボールを追いかける。ただ、バスケの神に愛された彼等は、他の才能でも秀でていたのだ。
赤司は世界的にも有名な大企業の社長、黒子は保父として働く傍ら趣味で書いていた小説が賞を貰い今では人気作家だし、緑間は病院での医師を勤め、紫原はコンテストでの入賞が当たり前のパティシエ。青峰は上述した通りプロとしてNBAで活躍している。そして恐らく世間的にも一番名が売れているのは黄瀬だろう。高校卒業と同時にモデルから俳優に転身した彼の演技はその表現力が大絶賛されて、次々と舞台や映画に出演。そしてその人懐こいキャラクターがバラエティーでも重宝され、今では抱えるCMが何本もあり引く手あまたの超人気俳優となった。テレビで見ない日は無いくらい仕事をしている黄瀬の多忙さはさつきには想像もつかないのだが、そこまで仕事があるのは彼自身の持つ人当たりの良さの他に、礼儀正しさも一役買っていると思う。
金髪にピアス。明らかにチャラいと分類される見かけをしている黄瀬だが、態度は紳士的だし、受け答えもしっかりしている。それは恐らく赤司の教育の賜物なのだろう。いい意味で見かけを裏切る彼は皆に愛される。
今日のさつきの誕生日会だって言い出しっぺは黄瀬だった。その日、俺オフなんすよ、と送られてきたメールで、「ああ、覚えていてくれたんだ」と心が暖まった。彼は本当に男前だ。
さつきが黄瀬を視界の隅で探すようになったのはいつからだろう。正確な時期はわからない。いつもさつきを女の子扱いしてくれる黒子がずっと擽ったかったのは昔からだが、いつの間にか黒子のことを友愛として見るようになっていた自分に戸惑った。そして、黄瀬の言動に一喜一憂するようになっていた。さつきは、黄瀬に恋をしていた。
恐らく青峰はさつきの心の変化に気づいているのだろう。元来さつきの恋愛事情など興味ないと突き放されるものの、昔黄瀬の熱愛が報道されたときは何も言わずそばにいてくれた。それは結局誤報だったが、あのときのさつきの心は嫉妬でいっぱいで、こんな自分に嫌気が射していたから、青峰にはとても助けられた。なんだかんだ言って自分のこの幼なじみは優しいのだ。

飲み会もかなり盛り上がり、酔い潰れた黒子を青峰がソファに寝かせに行っている間、赤司と緑間は真剣に政治について語っていた。その脇では紫原のまったりトークに突っ込みを入れる黄瀬。懐かしいなあ、とさつきはスマホでその様子を写真で撮ると、「缶ビール買い足してくるね」と声をかけ玄関へ向かった。泥酔だというわけではないが、少し酔いを覚ましたいと思いついでに買い出しをしようかと思ったのだが、後ろから黄瀬に腕を掴まれて外に出ることを阻止された。鼓動が高まる。
「ちょ。桃っち!こんな時間から危ないっすよ!」
「大丈夫だよきーちゃん。心配してくれるのは嬉しいけど下のコンビニに行くだけだから」
「でも桃っちは今日主役だし、中で待ってて。ね?買い出しは俺がしてくるよ」
「え。でも…………」
「桃っちは可愛いんすから、変な男に狙われると悪いっすよ」
可愛い、などと。
さらりと言うのが黄瀬涼太だ。きっと誰にでも言うのだろうとはわかっている。わかってはいるのだけれど、それで赤面する自分も自分だ。可愛い、や、綺麗、という誉め言葉をもらうのは別に初めてでもないのだが、それを好きな人にかけてもらったかどうかというのはかなり大きな差がある。さつきは、柄にもなく耳まで真っ赤に染めてしまった。
「…………桃っち?どうしたの?」
「ど、どうって…………?」
「んー、なんか酔ってるのかな?顔が赤くなっちゃってるっス」
それを聞いて手でパタパタと扇ぎはじめたさつきを見て、黄瀬は値段に換算すると高額になり得そうな笑顔を惜し気もなく振り撒いた。
「んじゃ、桃っちは商品選んでくれる?お金と荷物は俺が持つから」
存外にさつきの心を汲み取ってくれたのだろう。この顔ではあの場に戻りたくない。どうせからかわれるのがオチだろうから。
そうして二人連れだってエレベーターに乗る。最上階から一階まで見事に誰とも乗り合わせることなく着いた。丑三つ時ももう過ぎている。マンション一階に位置するコンビニも、客はさつきと黄瀬の他には誰もいなかった。
そうだ。今は深夜だ。
黄瀬は何の変装もしていないし、友達とはいえ女である自分と連れだっているのだ。もし人がいたりでもしたらスクープになっていたかもしれない。
自分が黄瀬を困らせるようなことはしたくない。今日は店員以外誰もいなかったからいいものの、人がいたら…………。
自分の軽い行動を恥じた。
しかし、黄瀬はさつきにとって友人であり、芸能人ではない。俺が芸能人だからって友人になろうとして近づいてくる人が多くてつらいっす。と以前青峰に愚痴っている黄瀬を見たことがあったから、尚更芸能人扱いが出来ないのだ。
しかしこれは、迂闊に外に出た黄瀬にも責任はあるような。さつきがそう思って黄瀬を下から仰ぎ見…………後悔した。心臓が五月蝿い。

どうして、そんな優しい目で見ているの…………!

さつきは内心叫んだ。あんな綺麗な顔に見られてはたまったもんじゃない。顔に血がのぼる。バカだなあ。これだけで恥ずかしがって。まるで恋愛初心者みたい。
しかし、さつきは恋人がいた経験はない。中学からはずっと黒子が好きだったし、黄瀬を好きになってからもがむしゃらに他の人と付き合ったこともない。学校1の美人と評されることも少なくなかったさつきはかなりモテるのだが、さつきがその告白を受け入れたことは一度もなかった。だから実際、恋愛には疎い。
「桃っちこれはどう?」
「ん、いいね。あとこれは赤司くんに…………」
二人で並んで買い物籠に商品をいれていく。こう言ってはなんだけど、今、もしかして恋人同士みたいじゃない?
顔が赤いのは酔いのせいにして、会計をして、エレベーターののぼりのボタンを押す。自分たちがおりてから誰も使っていないらしいそれは、すぐに開いた。
最上階のボタンを押して何とはなしに上を見上げる。高速エレベーターはもうすぐで到着しそうだ。
「ー…ねえ、桃っち」
「え、きーちゃ、…………!?」
到着を表したエレベーターの扉が開いた瞬間、口付けられた。そのまま、扉は閉まった音がした。
(…………え、?)
半分持たせて、と言って無理に奪った片方の持ち手から手が離れてしまい、締め切られたエレベーターの個室内に缶がばらまかれる。
ただ、触れるだけのキスで、でも随分と長くて、慣れてないさつきは息の仕方もわからなかった。
「き、い、ちゃ、…………!」
「ごめん、桃っち」
唇を離した黄瀬は、さつきを見て一瞬狼狽したあと、謝罪をして再びエレベーターのボタンを押す。
――押したのは、一階のボタン。再び降下始めた密室で、さつきは状況がわからずただ黄瀬を見ていた。黄瀬は、そんなさつきに気づきながらも決して目を合わせようとはしなかった。
社会人ともなると、別に好きな人ではなくてもキスくらいできるものだというのを聞いたことがある。それに黄瀬は、中学のころから女の子との噂は絶えなかったし、キスくらい慣れたものなのだろう。しかし、さつきは違う。さつきにとっては、今のが、黄瀬にされた、…………ファーストキスなのだ。
深い意味はないのかもしれない。
友愛的な意味かもしれない。
しかし。
「…………なに、して…………」
今度は黄瀬に、抱き締められた。
決して小さいわけではないが、さつきは黄瀬の腕にしっかりと抱き込まれていた。すっぽりとおさまる。黄瀬の大きさを改めて実感した。
「もう少し」
「?」
「もう少し、一緒にいたかったんス」
「え、」
「ほら、みんな居て、なかなか二人きりになれなかったから」
状況が飲み込めない、とさつきが首を傾げる。ならば、どうしてキスを。
「キスは、その…ごめん。気づいたら、しちゃってた」
まるでしょげた犬のように眉尻を下ろしてさつきを見つめる黄瀬を、ただただ見返すこと数秒。黄瀬は、緊張した面持ちでさつきから目を反らした。

「好き、なんすよ。ずっと」
だから、ちょっと我慢出来なかった。

さつきは自分の耳を疑った。今黄瀬は何と言ったのか。というか、そもそも黄瀬なのか。とうとう酔いで幻聴が?色んなことを思考して状況整理に努めようとしたところ、ますます混乱してきた。今のところさつきは、へ、という一言しか発していない。
「ど、ういう意味で…?」
なんとかやっとの思いで発した言葉に黄瀬はスムーズにこたえた。
「桃っちに俺の恋人になってほしい」
さつきは、信じられなかった。嫌われてはいないと思ってはいたけど、正直両思いは望めないと思っていたから。
だって、相手はあの黄瀬涼太。今をときめく超人気俳優。そんな彼との恋人になるというifを描ける程さつきは図々しくなかったから。
返事の代わりに涙が溢れていた。一階に着いたエレベーターは再び扉が閉まった。今度はどっちもボタンを押さない。黄瀬は緊張で、そしてさつきに泣かれたことへの狼狽えからそんな余裕はなかったし、さつきはそもそも扉が開いたことにさえ気づいていなかっただろう。
黄瀬は、さつきを離した。さつきが泣いた理由を勘違いしてのことだ。ごめん、と言おうとした黄瀬のセリフは、さつきに止められた。
正確には、さつきの行動、に。
さつきは、黄瀬の胸元を引っ張った。そして、おりてきた唇に、自分のそれをくっつけた。
下手くそなキス。
今時の中学生よりも、もしかしたら下手だったかもしれない。
黄瀬は驚いて目を見開いた。さつきはぎゅううう、と目を瞑ってしまっている。耳まで真っ赤になったさつきを数秒見つめると黄瀬は右手をさつきの顔に添えて、親指の腹で涙をぬぐった。
誘われるようにして開いたさつきの瞳は、涙で濡れていた。
「つまり、両思いってことでいいんスよね?」
耳元に唇を近づけて囁かれた言葉に、さつきはただただ真っ赤に染まってそれから―…

恥ずかしそうに、頷いた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ