krbs short

□王子様にはなれないけれど、
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泣けないし、泣かない。泣かないし、泣けない。
24才。大学も卒業し社会人として生活し始めて数年。高校の頃からずっと付き合ってた黄瀬くんと、別れた。
別れた原因は、至って普通だ。仕事でのすれ違い。彼の社会的位置。寂しさの、…限界。黄瀬はモデルから俳優に転身してからも順調で、人気に比例するように忙しさも酷くなっていった。友人としては喜ぶべきだと思うけれど、恋人としてはやはり、寂しくて、淋しかった。そしてそれは、黄瀬も気づいていたのだろう。ここ最近は、顔を合わせる度に申し訳なさそうに謝罪をされた。昔は専ら暇な時間を見つけてメールなり電話なりをくれていたのに、最近では睡眠に注ぐようになってテツナの着信履歴に黄瀬の名前はめったに見られなくなった。テツナにしても、気軽にメールやら着信やらで黄瀬を困らせたくない、という気遣いにも似た現実逃避から、ふたりは段々疎遠になった。特にテツナが社会人になってからは、会うことさえ少なくなっていき、この半年は付き合っているのかすらわからなくなっていた。高校の頃から…否、テツナが黄瀬を好きになったのは中学にまで遡るというのに、百年の恋もなんとやら。あんなに好きだったのに、そしてそれは今も変わらないというのに。
先に別れを告げたのは黄瀬だった。
二人の共通の友人からは、「お前ら本当に好き合ってて寧ろうざい」と、評されるくらい順風満帆なお付き合いをしてきたというのに別れは案外あっという間だ。呆気無さ過ぎて涙さえも出てこない。
 

 
黄瀬が、テツナの前からいなくなって。
人混みの中、喧騒に紛れて
 
「好きでした」
 
かすれた声で呟いた台詞に、気づいた人はいなかった。
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