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□円い爪の暖かさ
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「黒子っち、掌貸して」
言われて戸惑った。
マネージャーをしていると水仕事が多い。ハンドクリィムでは治らないカサカサの手。まめもある。ささくれも捲れていて痛いし、年頃の女の子のようにマニキュアだってしていない。テツナは躊躇した。好きな人にこんな手を見せたくない。
「…どうしてですか」
返した言葉は心に反して冷たく響いた。どうしよう。別に突き放したわけではないけれど、そう聞こえたら嫌だなあ。テツナは思案した。
反して黄瀬はそんなことで怒るような人では無かったし、勘違いもしなかった。というか、気にもとめなかった。こちらはこちらで、緊張していたからだ。どうしてかというと、テツナに唐突にこんなことを言って、変に思われたかと焦っていたから。変態に思われちゃったらどうしよう、黄瀬はそればかり考えていた。
好きな人と手を繋ぎたい、というのはすべての恋人の共通する思考だろう。黄瀬も今まで女の子と手を繋いだことなんて両手両足を総動員しても足りないくらいにはあるし、また、繋ぎたいなあとも思う。けど、今黄瀬がそう思う相手は恋人でもなければ黄瀬に媚びを売るファンの子でもない。仲間、といって支障はないだろう、部活のマネージャーのひとりだ。黄瀬の、好きなひと。
手を見せてといったことに深い意味はなかった。
ただ、ジャージの裾からちらりと覗く白い指が可愛かったから。その手は自分たちの為にタオルを洗ってくれたり、ボールを磨いてくれたり、ドリンクを配ってくれる手。選手としては感謝してもしきれない。少し丸い指先も、選手が怪我しないようにと短く切り揃えられた爪も、何もかもが愛おしかった。触りたいな、と思ったから黄瀬はテツナに手を貸してくれなどと頼んだのだ。これはやっぱり怪しがられるだろうか。いつもは念に念を入れた行動をするのに、彼女に対しては少し制御が効かなくなる。黄瀬が苦笑しているとテツナはゆるりと笑った。胸が高鳴る。心が騒ぐ。
「…こんな汚い手ですが」
おずおずと差し出された白い手に、黄瀬は心があったまる。ああ、この手。いつも自分たちを支えてくれる力強い手。
「汚くなんか、ないでしょ。…黒子っち。俺はこの手が大好き」
試しに指を絡めてみると、彼女の指に少し熱を感じた。ぱ、とテツナの顔を覗くと、薄桃色に染まった頬。あ、と黄瀬は思った。告白、みたい。意識したら黄瀬の頬まで熱がうつってきた。綺麗だなあ、と思った。黄瀬のふたまわりは小さな手が。力強く澄んだ瞳が。…彼女の、生き様が。
この手の持ち主のことも。結果的に小さくなってしまった小声での告白は、それでも彼女の耳に届いたようだった。え、とまんまるい目が黄瀬を見つめていた。

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