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□メアド頂戴
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メアド頂戴。
発音するのはたったの7文字であるが、それをさっきからずっと言えず、悶々としていた。中学での三年間ミス帝光の座に君臨しつづけたさつきは、卒業式の今日、大勢の男子からそれを聞かれていて、慣れているにも関わらず、だ。ちゃっかり手に入れた赤司や緑間などかつての同級生のメアドも、とても人気のようで周りに人が群がっている。ガラの悪い幼なじみでさえ面倒くさそうではあるものの女の子を応対しているから、彼らはやっぱりスター性があるんだなあ、と再確認したところだ。そして、一際囲まれているのはモデルでもある黄瀬であった。というのは、彼はなんとか撒いたらしく、丁度目があったさつきの腕を引っ張っていつか四人で夕日を見た屋上に二人で居たからだ。よって今この空間には二人だけ。切り取られた世界だ。
「…桃っち」
仮にも好きな人と相対しているわけで、しかもふたりきり。期待しているような、緊張しているような。時間的には夕日なんてまだまだだし、さっきから右ポケットの奥で握っているスマホは手汗でまみれてそうだし。やけにはっきり聞こえる心音に息が苦しくなってくる。
「…文化祭、楽しかったっスよね」
「…うん。そうだね」
お互いに多分言いたいことはあるのだ。目の前の黄瀬はさっきからずっと何かを躊躇うように切り込んで来ない。さつきも、黄瀬からメールアドレスを聞き出したいのだが、やはり緊張やらに負けて口を開けないでいる。
「…ね、桃っち…」
黄瀬はフェンスに預けていた体をさつきに向きなおらせた。
目があうと、あ…とか、その…とか言っている。
「きーちゃん?」
「えっと…!あの、さ…桃っち…!」
メアド、教えてくれない?
同じ思考回路に嬉しいと感じてしまったさつきは重傷だと思う。
あーあ、とふわり。目があった二人は一斉に笑いはじめた。
「私もきーちゃんに聞きたいと思ってたんだ」
「まじっすか」
「まじだよ」
ふたりだけの屋上での赤外線通信がまるで指輪の交換のように、お互いを確かめあっているような、美しい光景にさつきは目を細めた。

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