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□チョコレートの苦いところ
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僕がした恋の経験は一度だけだ。中学生のときで相手は同じ部活の主将。極端に影の薄い僕をどこからでも見つけ出してくれるような素敵な人だった。
15才。高校を卒業するとき、僕達は別れた。一年弱付き合ったものの、なにしろ部活が忙しかった為に大して恋人らしいことはしていなかった。それでも、僕は彼のことが好きだったし、彼も僕のことを大切にしてくれていたというのは感じていた。ずっとこのままでいたいとも思っていた。
思っていたのだ、確かに。
しかし、高校に進学するにあたって、彼は京都で僕は東京に残ることになった。そのまま遠恋をするという方法もあったのだろうけど、彼の邪魔になるような生活はしたくなかった。彼の生活を邪魔することは決してしたくなかった。
あの頃から頑固だった僕は、そうと思ったらすぐ彼に別れを告げた。彼は僕を邪魔じゃないと、だから一緒にいてくれと言っていたが、僕はそれさえも信じられなくて我が儘を言った。結局は僕の独りよがりだったのだ。
だけど、その選択に未練は無い。
高校でも試合や大会で何度か会ったし、大学では都内に戻ってきた彼や他の仲間も交えて遊んだが特別彼に何かを言われたわけでは無かったし、言うつもりも無かった。
自分の心のなかに確かにあった恋心も次第に薄れていった。就職してからもう2年も会っていないのだ。今では彼の好きな湯豆腐を見たときに思い出す程度で。
それが、突然に。
さらさらと舞う赤髪は相変わらず触りたくなるような柔らかそうなそれだった。
夕方の満員電車。人に酔っていると不意に感じる違和感。ー痴漢だ。そう咄嗟に判断したものの恐怖で声が出ない。ぎゅっと3日前に買ったばかりの鞄を胸元で抱きしめて顔をうずめると、調子にのったのか下着の中に手が入ってきた。
「ー…っ」
やめて。きもちわるい。
その一言が言えず段々と増す恐怖。好きな人にも触れられたことがないのに。涙が滲み始めたとき、すぐ後ろで男の野太い声で悲鳴が聞こえた。
「痛ェっ!!」
「いい年をして何をやっているんだ。通報されたいのか?」
後に聞こえた声はテツナにとって聞き覚えのある声でしかなかった。だからかもしれない。下着から手が抜かれると同時に彼女の意識は闇の中へ落ちていってしまった。
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