APH

□零したアイスから始まる…
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既に紅茶からは湯気が立たなくなり、菊は時々ティーカップを摩りながら香とアーサーの話に耳を傾ける。
アーサーが来た瞬間、花の香りがふわりと香ったのは菊の気のせいではない。

いい匂いだなと、菊はアーサーに微笑んだ。


「!……」

アーサーはパチパチと瞬きをして、顔を赤らめた。
菊はそれがおかしくて更に笑ってしまう。

「(可愛い人ですね。)」

「(なんでコッチ見てんだ…?女みたいな顔してるな。男、だよな?)」

「(なんか危険な雰囲気的な。)」


見つめ合うアーサーと菊を眺めて香はギラリと目を光らせた。

先生の大事な弟、らしい菊に悪い虫が付かないように見張っておかなくてはと、アーサーを睨む。

そんな視線に気づかないアーサーは菊の黒い瞳を眺めるように見つめている。


そんな中、カランカランと店のドアの鈴を鳴らして乱暴に入って来た人物がいた。

三人の視線は同時にその突然入ってきた人物に向けられ、ドアの前に立っている人物は三人の顔を見てニィと笑った。

「よぉ!眉毛コンビ!」

パッと手を上げて赤い目を細めながら笑う。
印象的な銀髪は店のライトで光りどこか眩しさを含む。

「お、ついでに菊もいんのか?珍しいな、いつもはルッツとフェリちゃんと一緒なのに。」

「ご無沙汰しております……ギルベルト師匠。」


「「師匠??!」」

ぺこりと頭を下げてお辞儀をした菊がギルベルトのことを師匠と呼んだことに香とアーサーは目を見開いた。

ケセセっ、と誇らしげに胸を張るギルベルト。
それからカウンターの傍まで来て、冷めてしまった紅茶をゴクリと飲み干してわしゃわしゃと菊の頭を撫でた。

「その呼び方、懐かしいな。でも、お前がこーんな小っせぇ時みたいに『ギルベルト君っ!』って呼んでもいいんだぜ?」

図々しくイスに座ったギルベルトに香は素早く水を出した。
先ほど眉毛コンビと言われたことは気にしていないようだが、ギルベルトまでもが菊と小さな頃から仲が良いのかと驚いていた。

「つーかよぉ…カークランドてめぇ、たまにはコッチの店にも顔出せ。人手不足なんだぜ?」

最近つれねぇ〜、とカウンターにダラけるギルベルトは中学生染みてるがアーサーと同い年だ。
更に菊の親友の一人、ルートヴィッヒの兄でもある。

「嫌だ。あんな店、いたくねぇよ。」

「チッ…これだからカークランドはダメなんだ。フランシスなんかはノリノリなのに。」

「髭と一緒にすんな、ばぁか。」

「ま、どっちにしろいつか来ることになるだろーけどな。ケセセっ」


アーサーはギルベルトの言葉に眉を寄せ唇を噛みしめる。

菊にはまったく分からない話なのでケセセと笑うギルベルトと機嫌が悪そうな表情のアーサーを交互に見た。

「師匠、バイトでも始めたんですか?」

「ん?」

水の入ったグラスに口付けるギルベルトは横目で愛弟子を見て首を傾げた。

「ん、まあ…」

曖昧な返事を返して誤魔化すように笑って見せる。
菊はそれが自分には知られたくないものなんだなと納得してそれ以上何も聞かなかった。
それにアーサーが関わっていることも、どんな仕事なのかも…

「はぁ…」

菊はため息を漏らし、憂鬱な顔で頭を俯かせた。

「なんだ、菊?怒ってんのかよ?」

「違いますよ。私も早くバイト見つけなきゃって思っただけです。…最近はフェリシアーノ君もルートさんもバイトを始めたみたいですし、私自身金欠ですから。」

高校生がバイト以外でお金を稼ぐことは困難で、更に菊の親は地方に出張中で生活費だけは仕送りしてくれるものの、やはり趣味やプライベートのためにお金を使いたい年頃の菊はバイトを始めようと思っていた。

接客は割と得意なのだが、どうにも自分に合ったバイトを見つけられないでいる。

あのプー太郎と言われたギルベルトまでがバイトをしているだなんてと、驚くついでに落ち込む。
師匠と呼んではいても別の意味であって人間として尊敬しているわけではない。

「お前、失礼なこと思ってねぇ?」

「…何故わかったんですか?」

「………。」

「それよりアーサーさん、私のワイシャツはいつ頃乾くのでしょうか?」

無表情で項垂れたギルベルトから視線を外し、ガラス製のティーポットで紅茶を煎れていたアーサーに尋ねた。

アーサーは、ん?と顔を上げてからほんのり顔を赤らめた。

「ま、まだ…もうちょい、だと思う…。今日は晴れてるし、裏口んとこに干してる。」

「なんでそこで照れる的な?」

「てっ照れてねぇよ!ばか!」

アーサーは動揺してティーポットから少し紅茶が零れた。
それをサッと拭き取り、真っ赤な顔を誤魔化すように下を向いてしまった。

それから香は何も言わず厨房に行ってしまった。

なんか変な空間に取り残されてしまったなと菊はふぅと息を吐いた。

隣には項垂れたギルベルト、前にはもう拭き取ったはずの机を綺麗な布巾でゴシゴシと擦るアーサー。
早く家に帰りたいのにとカウンターに頬杖をつく。

「バイト…探してんのか…?」

「え?」

菊がアーサーを見ると布巾を握った手は動いていなく、顔は上がってないものの確実に今の疑問は自分にぶつけられていることが分かった。

「金に困ってんなら…ほら、その…こ、ここ、この店で…働かせてやっても…いい………って話だばかぁ!」

「ぇえええ?」

パッと顔を上げてばかぁ!と叫んだアーサーの肩はプルプルと震え、目はギュッと瞑っていてまるで好きな先輩に告白する後輩みたいだなと菊は思った。
しかし何故アーサーがキレたのかは謎だとも思った。

「あ、でも、ここのお店バイト募集してましたっけ?」

「んなもん関係ねぇ!俺がいいっつったらいいんだ!」

なんて暴君なんだ…と思いながらも菊は一生懸命に自分を誘ってくれたアーサーが可愛くて笑みを零した。

「お気遣い、ありがとうございます。」

「……。」

ムッと口を結んだアーサーは涙目で菊を上目遣いで見る。

「お前が初めてだ…」

「はい?」

ポツリとアーサーが呟いた言葉に菊は首を傾げる。

「…俺のこと、鬱陶しいって言わないで『ありがとうございます。』って言った奴。」

「え?」

「…俺、いつも余計なこと口走るから鬱陶しいってアルフレッドとか王とか髭とか不気味な骨太野郎に言われて…、友達なんかいねぇし。」

拗ねた小学生のように口を尖らせるアーサーは寂しそうに菊に愚痴を零す。
菊がふとギルベルトを見ると肩が規則正しく上下して寝てしまったことを理解した。

「アーサーさんは良い人です。」

「それはお前がまだ俺と会ったばかりで…」

「なぜなら、私がワイシャツにアイスをべったりくっつけてお店に入ってきた時だって嫌な顔一つせずにティッシュとタオルを差し出してくれましたから。それにわざわざ洗ってくれたんでしょう?手が真っ赤でしたよ。こんな暑い日にお湯に手をつけたんですね。」

「そ、それはだな…洗濯とか、別に嫌じゃねぇ、し…」

「恩返しをしたいのですが…」

何をしたらいいんでしょうか?と言葉を紡ごうとしてアーサーにガッと肩を掴まれた。

「だから!ここでバイトをすればいい!それが恩返しだ!」

見開かれた綺麗なエメラルドグリーンの瞳。
揺れる髪の毛金色で、触れれば猫の毛のように固さがあるのではないかと菊はぼんやり思った。

「…私、喫茶店の経験なんて…」

アーサーの髪と瞳に惹かれてうっとりしながら言った。

「なら俺が全部教えてやる、お菓子はあの生意気な店員が担当だからいい。お前は接客…ウェイトレスをしてればいいんだ!」

「ウェイトレス?!私は男です!それを言うならウェイター…」

「いや、ウェイトレスの方が男受けする。何よりこの店、男の客が極端に少ないんだ。」

ガクガクと肩を揺さぶられる。
気分が悪くなりそうだと思ったらアーサーはパッと手を離して大丈夫か?!と心配そうに顔を覗き込んだ。

はい、大丈夫です、と答えて少しクラクラする頭をを抑える菊。

「それより、本当に私…」

「当然だ!」

「………。私、まだ何も言ってないのに。」

グッと拳を握りしめたアーサーは期待にキラキラした瞳を菊に向けている。

ワイシャツの恩もある菊は勧誘されて悪い気はせず、何より自分の伝えたいことを一生懸命と伝えようとするアーサーに押されていた。

お店の雰囲気も嫌いじゃないし、店員も少人数でほとんどアーサーが店番をしてるのだという。
客はそこそこ、売り上げも黒字だ!とアーサーは店のアピールポイントを次々と言っていき、菊は頷いてしまった。

ぱぁぁっ…と犬が尻尾を振るように顔を輝かせて喜んだアーサーを見て菊は笑った。

「私、学生なのですが。…平日は夕方からしか出られないと思います。」

「なら大丈夫だ。この店は不定期に開いたり閉めたりする。それに俺も一応大学生だから、大学行ってる時は授業が無い奴とかに頼んでんだ。」

「大学生?!」

アーサーは新しいティーカップに煎れた紅茶を菊に差し出し、菊はアーサーが大学生だと聞いて驚いた。
香が煎れてくれたのと同じ種類の紅茶のはずなの香りも色もまるで高級な紅茶だ。

これが大学生が煎れた紅茶なのかと菊はティーカップの中の紅茶を凝視した。

「日給制だし、来たい時に来ればいい。と、とくに…土曜日は…絶対、俺いるし…。」

「じゃあ毎週土曜日は行きますね。それにしても自由なお店ですね、店長はいらっしゃらないのですか?」

「そ、そうか…来るのか。……店長は…いないんだ。」

「そうなんですか、では、何卒ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますね。」

「ま、任せろ!」

ふぅ、と菊が息を吐き再び鼻から息を吸おうとした時、何やら甘い匂いが厨房から漂って鼻をくすぐった。
アーサーもそれに気づき、厨房に目をやる。

「あいつ、お菓子でもつくってんのかな。」

甘い甘いバターの匂い。
菊はこの店がとても大学生などが働く喫茶店には思えない。
それに香は耀のことを先生と呼んでいたので少なくともアーサーたちよりは年下で、菊は自分と同じくらいの年頃なんじゃないかと思う。

なのに、これほどまでに空腹を誘うお菓子をつくっていて、更に美味しい紅茶を淹れられる。

アーサーの反応から香がお菓子をつくるのは普通のことで、あたりまえなことだと読み取れる。

「(私はウェイトレス…否、ウェイターをやっていればいいんですよね。)」

折角雇ってもらい、自分ができることをやろう!と菊は意気込んだ。


「あー、やっとできた的なー。マジ眉毛店員が手伝うとか言って一部焦がした時は殺意芽生えたなう。」

黒いひざ掛けエプロンを巻いて、バターの匂いを纏った香が厨房から戻って来てボヤいた。

チラリとアーサーを見る香の目は悪気もなく口元をによによとさせている。

アーサーは何も言い返せず、バツが悪そうに口を歪ませた。


「なにか作ってたんですか?」

「眉毛店員が残したわずかなクッキー生地を後処理と同時にオーブンに入れて焼いた的な。で、今できた。」


白い皿に乗せられたクッキーを一つくわえた香は、皿をカウンターに置き、味見して。と菊に差し出した。


「いいんですか?じゃあ…いただきますね。」

いろいろな型で抜かれたクッキーは焼き色も良く、バターの匂いを漂わす。
菊は皿乗せられたクッキーを指で取ってパクリと食べた。


「おいしいです!」

コクリと喉を鳴らして飲み込んで、開口一番に嬉しそうな顔で言った。

香は何もいわず、更に盛られた星型のクッキーを一つ取ってアーサーに差し出した。

「くれる、のか?」

アーサーがわなわなとした手を伸ばし、無表情な香の眠たげな目を見つめる。

「…この味覚えてくれなきゃ困る的な。」

アーサーは、おぉ…と申し訳なさそうに答えてからクッキーを貰い食べた。


「師匠、ほらクッキーですよ。機嫌直してください。」

ゆさゆさとギルベルトをゆさりクッキーで釣る。
ギルベルトは少し唸っただけでそれ以降は起きなかった。

アーサーが三人分の紅茶を淹れてそれを飲み、香がつくったクッキーを食べながら三人は日がくれるまで世間話しやアーサーの知人の愚痴やらを話したり聞いたりしていた。

菊が帰宅したのは7時くらいで、喫茶店の入り口までアーサーに見送られ、辺りを見回してもカラフルなアルフレッドの車はなかった。



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