SeRieS
□思ひ出の君へ
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どうやら私は、異界へと迷い込んだらしい。
よく分からないけど、この船の船長さんにそう言われた。
何の夢物語かと最初は思ったけど、考えられない身体の大きさの人間?や半魚人みたいな人間?を目の当たりにして、更には頬っぺを抓ったら痛いんだから信じざるを得なかった。
更に吃驚する事にこの船は海賊船だという。
海賊なんて大昔の大航海時代の大西洋とかカリブ海の知識しかないから、勿論初めて見た。
教科書でしか見た事のない海賊船といったらこの船!っていう帆船も今や実際に乗ってるし、映画や漫画でしか見た事のない髑髏が描かれた黒旗も服や雑貨以外で初めて見た。
そして更に驚く事に。
リーゼントにコック服を着たサッチさんという男性は、私の事を知ってるらしい。
勿論、私は彼を知らない。
どんなに記憶を遡ってみても、リーゼントの知り合いは私にはいない。
そんな時代錯誤の髪型してる人なんてテレビやお祭り以外で見た事もない。
もう何もかもが不思議で仕方ないんだけど、取り敢えず異界人の来訪は吉兆らしい。
鳳凰や麒麟みたいな神獣扱いなのだろうか?
そのせいか船員さん達に軽く崇められてる現在。
全く嬉しくもないが、歓迎して貰えてる現状は実際助かっているのだから喜ばしい限り、だと思うべきか。
「なァなァ、異界ってどんなんだ?」
雀斑がチャームポイント(だと私は思ってる)の同年代か少し年上と思われる男の子、エース君が興味津々といった風に話し掛けてくる。
勿論、エース君だけでなく、さっきから色んな男の人に話し掛けられていて、人生で初めて男に囲まれる状況に逆ハーレム!!………なんて喜べる筈もなく。
「さっきから質問攻めばっかしてっからリンゴちゃんご飯食べれてねェだろー?」
そう言ってはエース君達にシッシッと手を振るサッチさんに、さっきからずっと助けられている。
ついでに言えば、さっきから御神酒だ何だのとお酒を渡されそうになってる所もサッチさんが助けてくれている。
未成年なのでお酒は飲めませんと言う前に「リンゴ…ちゃんは、酒飲めねェよな?」と言葉を詰まらせながら、生搾りだというオレンジジュースを手渡してくれたのだ。
某ショッピングセンターでよく見掛ける生ジュースのお店よりも遥かに美味しいオレンジジュースは、きっと私の大好物になりそうだ。
「コレ、凄く美味しいです。」
笑顔で言えば、サッチさんは少しだけ悲しそうな顔をしたけど。
すぐに目尻に皺を寄せて、ニカッと笑ってくれた。
そして、思わずサッチさんの目尻に目がいってしまった私が、サッチさんの米神の傷跡をマジマジと見ていると。
「この傷はさ、俺の姉ちゃん…っつっても血の繋がりはねェんだけど、その姉ちゃんを守った時に付いた勲章なんだぜ!」
そう誇らしげに言うサッチさんに、傷跡を勲章だと自慢する姿が少年のようで凄く微笑ましく思う。
その気持ちのまま「そうなんですね。」と素直に言葉を紡げば、またサッチさんは少しだけ寂しそうに笑った。
きっと私に似ているらしい上に同じ名前らしい『リンゴ姉ちゃん』という人と重なってるんだろう。
しかし、私は『リンゴ姉ちゃん』ではない。
杜ノ都林檎というサッチさんよりも遥かに年下の女だ。
どう頑張ってもサッチさんのお姉ちゃんにはなれないし、そもそも『リンゴ姉ちゃん』とは別人である。
サッチさんの悲しそうな顔を見る度に申し訳ないような気持ちになるけど、これはどうしようもない事だから。
サッチさんが私と『リンゴ姉ちゃん』が別人だと分かるまでの辛抱だ。
そう思ってオレンジジュースを喉に流し込む。
………うん、やっぱりコレ凄く美味しい。
宴ではサッチさんが殆ど私を守るようにして、色んな人からの質問攻めの猛攻を退けてくれたが。
流石に女の園は守備範囲外らしい。
今私はサッチさんと別れて、ナース室の奥にあるナース専用の各二人部屋の一室に、無理矢理ベッド一つを捩じ込んだ即席三人部屋にいる。
いきなり現れた私の部屋なんてものは存在しないのは当然だし、地べたに寝ろと言われなかっただけ大分マシだろうと思う。
勿論、着替えなんてものも有る訳がない。
そこはナースさんに不憫がられて、サイズ(主にバストとヒップ)が小さくなったお古を何着か分けて貰い、下着に至ってはイゾウさんという和風の人から襦袢を何着か分けてもらった。
襦袢なんて初めて着るから、ブラとパンツが無いのは些か心許ないけれど、贅沢は言えない。
寧ろ、髪型と化粧は女形だけど服装は着物の前を肌蹴させた上に袴という、何とも男らしい恰好をしてたイゾウさんが襦袢を持ってて助かったと思うべきだ。
船には大浴場も有るらしいが、この船の正式な船員は全員男だから大浴場も実質男湯のようなもので、ナースさん達女性陣は専らナース室に置かれているシャワールームを利用するらしい。
勿論、私もシャワールームを使わせて貰い、これまたイゾウさんから寝巻きにと貰った浴衣を着る。
そして、私のせいで狭くなってしまった同室のナースさん…ポートさんとセイラさん二人に頭を下げようとしたら笑って止められた。
その代わり…と、今度は二人の女性から質問攻めに合う羽目になったけど、流石にそれは甘んじて受けようと思う。
「ねーねー!サッチ隊長とリンゴはどーいう関係なのー?」
「どうもこうも…初対面ですよ、セイラさん。」
「んもうっ!照れなくたって良いじゃないっ!!」
いえ、照れてません。
そう言っても通じないであろう事が分かるから項垂れたくなったけど、ポートさんが「世界には同じ顔が三人いるそうよ」と迷信染みた謎のフォローをくれたお陰で、その日の夜は時間も遅いからと、そこでお開きとなったのだった。