SHoRT

□こっち見てよDarling
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この男がどうしようもない女癖の悪い最低野郎だってのは付き合う前から分かっていた。

それでも好きな気持ちを諦められなくて、その女癖の悪さも含めて全てを愛せるようになってやると決意して告白したのは二年前。



そしてその二年間で私の精神が徐々に削れていって、とうとう削れる所も無くなったのはつい先日の事だった。















こっち見てよDarling















上陸したら酒場で女を持ち帰るのは当たり前なら、たまに娼館で上玉の女を買うことも当たり前。
ナースのお姉様方と身体の関係持つのも当たり前。

しかも、それを恋人である私に隠すどころか私の目の前で堂々と口説いて部屋へと連れ帰るのだから本当に笑えない。

そんなどうしようもない男であるサッチ隊長を何故好きになってしまったのか今ではもう思い出す事すら出来ないのだから、笑えなすぎて逆に笑えてしまってこれはもう駄目だと別れの言葉を告げれば『おう、分かった。』で終わった。
この二年間を切実に返して欲しい。
寧ろその前の片思い三年間も返して欲しい。



つまり、私はこのどうしようもない隊長に五年間も費やしてしまったのだ。
本当に笑えなすぎて笑えるどころか最早一周してしまって本気で笑えないなんて事があるんだなとぼんやり海を見ながら思う。

「なァなァ、リンゴ。サッチと別れたって広まってるぞ。」
「え?もう話広まってるの?」
「おぅ、サッチが食堂でみんなに言ってた。」
「……あの馬鹿隊長。」

自隊の隊長であるエースが心配そうに眉を八の字に下げながら声を掛けてくれたのだが、その内容に私は眉を顰めた。
私が告白して晴れて恋人になれた時は何も言わなかった癖に、別れた事は堂々と言い広めるのかあの馬鹿隊長は。
本当にあのリーゼント切り落としてやろうかとすら思うが、あのリーゼントを揺らして笑うサッチ隊長が好きだったのだから出来ないんだろうなという事は考えなくても分かっている。

そんなどうしようもないサッチ隊長と付き合ってから、ずっと私が溜め込んできた不満や悲しみや寂しさを吐き出させてくれたエースは『こんな良い女彼女にしといて理解出来ねェ』と優しい声でいつもの台詞をプレゼントしてくれた。

その言葉に何度も救われて何度も支えられて頑張ってきたけど、とうとう先日に頑張れなくなってしまったのだ。



昨日は私もサッチ隊長も一ヶ月振りに非番が重なり、久々に一日ずっと一緒に過ごせるのでは?と期待してサッチ隊長が朝食の片付けを終えるのを待っていたのだが、あの馬鹿隊長は片付けが終わるや否やナイスバディな新人美女ナースを誘って夕方まで部屋に籠ったのだ。

しかも、片付けが終わる頃合を見計らって食堂に入った私の目の前でナースを口説いていやがったのだ。

その後はエースを捕まえてずっと自室で泣き言を聞いて貰ってはエースに慰められて、仕舞いには『サッチの奴ぶん殴ってやる!』と部屋を飛び出そうとするエースを必死に宥めて、そんな自分があまりにも情けなくて格好悪くて泣き出したのをエース隊長が慰めるというループ。



そしてついに私の心がポッキリと折れた。
『もう別れる』と静かに言った私にエースは眉を下げて頭をポンポンと叩いてから、サッチ隊長の部屋の前まで付いてきてくれた。
寂しげな声で『頑張れよ』と言ってポンと頭を叩いて去っていく背中の親父のマークもどこか寂しげに見えた。



それからドアをノックしたらパンツ一丁のサッチ隊長が出てきて『別れる』と告げて、あっさり了承されたその後ろに見えたベッドの布団の下でもぞりと動く人型の膨らみを確認した瞬間、居ても立ってもいられなくて自室へとさっさと引き返したのだ。
すると自室前ではエースがしゃがんで私の帰りを待っていてくれてて、『よく頑張ったな』と頭をくしゃりと撫でられたのだ。

エースが彼氏だったら良かったのにと本気で思った。
しかし、エースは私にとってはどこまでも尊敬する自隊の隊長であり尊敬する兄である。
そして、勿論エースにとっても私は手の掛かる可愛い妹である。



初恋って本当に上手くいかないもんだねと笑えばエースもそうかもなと笑うから、エースの初恋の話を聞いてみたら相手は故郷の酒場のお姉さんだったと言う。

「エースって年上好きなんだね。」
「おう、俺は兄貴だからな。甘えさせてくれる女に弱ェ。」
「つまり私とは正反対の女って事か。」
「リンゴが年上だったら口説くんだけどな。」
「年上に生まれてれば良かったと今本気で思った。」
「何だソレ。」

そう笑い合って話していれば、後ろからサッチ隊長の『四番隊集まれー』なんて気の抜けた声が聞こえた。
それにピクリと反応するけれど、今までは残念だったけど今は助かる事に二番隊である私は行かなくて済む。
細く息を吐いて前に広がる海を眺め続けている私にエース隊長は苦笑した。



そんな日々をずっと繰り返して一週間。
元々隊が違う事もあって私からサッチ隊長の視界に入りに行かなければサッチ隊長と私に接点はほぼない。

片思いしてた頃は必死になって毎日毎日サッチ隊長の視界にわざわざ入りに行っていた。
暫くするとサッチ隊長と仲の良いマルコ隊長がそれに気付き、私に声を掛けてくれてはサッチ隊長との会話を取り持ってくれるようになり、次第に他の隊長達までさり気なく間を取り持ってくれるようになった。

そのうちマルコ隊長が私に気遣ってサッチ隊長の女癖の悪さを諌めるようになり、他の隊長達も諌めるようになって。
それでもサッチ隊長の女癖は直らなくて、それでも好きだからと付き合い出してからは、私が何も言わない事も手伝って誰もサッチ隊長の女癖を注意しなくなった。

女癖の悪さを受け入れて付き合ってる上に、元々一隊員だった私が隊長格の人達にサッチ隊長の女癖について相談するのは流石に幅かれて、ずっと一人で我慢して耐え続けていた時にエースが家族に加わった。
エースが同じ二番隊に所属してからはエースが毎日のように相談に乗ってくれて、隊長になってからもそれは変わらなくて。

「本当にエースより年上だったらよかったよ。」
「…それ口説いてんのか?」
「いや、今までを思い返してたらサッチ隊長以外の隊長なら誠実にお付き合いしてくれただろうなとしみじみと身に染みてきた。」
「サッチの女癖には敵わねェけど、マルコとかラクヨウ辺りも大概だぜ?」
「いや、あの人達はそもそも特定の女作る気無いだけで、もし彼女が出来たら大切にするよ……多分。」
「多分かよ。」

まァ分かる気がするけどとエースがケラケラと笑うから私も一緒に笑った。

そういえばマルコ隊長はサッチ隊長とラクヨウ隊長に誘われて、仕方なく酒場で女を持ち帰っていたなと思い出す。
娼館で女を買うことはしない…というか寧ろ女から金払うから抱いて欲しいと懇願されてたりするマルコ隊長は、もしも彼女なんてものが出来たら彼女以外の女には興味も抱かないんだろうなと。
ラクヨウ隊長も女漁りはするけど熱血漢な一途さがあるから、ラクヨウ隊長も彼女が出来たら大切にするだろう。

つまり、サッチ隊長だけが女にだらしなくて、その唯一の男に惚れた私が馬鹿なのだ。
サッチ隊長は何も悪くなくて、好きになった私が悪いのだと最近ではそう思うようになった。

「次はちゃんとした男を好きになるよ、私」
「おう、そうしろ。」
「まだまだずっと先になりそうだけど。」
「リンゴは一途で良い女なのにサッチも勿体無ェ事するよな。」
「私を良い女だって言うのエースくらいだよ。」
「良い女を良い女だと言って何が悪ィんだよ。」
「エースがお兄ちゃんじゃなかったらなぁ…。」
「ハハハッ。そんなら俺もリンゴが妹じゃなかったらなァ。」

そう言ってまた笑い合っていると、視界の端にいつぞやの新人ナースの腰に手を回すサッチ隊長の姿がチラリと入って、思わず顔を正面に向けて海を見つめた。

「本当に勿体無ェ事するよな、サッチも。」

そんな優しい言葉に鼻の奥がツンとしてしまって俯いてしまうと、エースが私の肩を引き寄せてそのまま頭をポンポンと叩くから思わず静かに泣いた。

炎の能力も関係しているからか体温の高いエースはいつも暖かくて優しくて、私が我慢して外に漏れ出ないように凍らせていた気持ちを溶かしてくれる。
そして、その溶けた氷を涙に変えてくれる。

「…私、だけっ…見て欲しい、だけっ…なのに、な…。」
「んなの当たり前ェだろ。リンゴは一つも我儘言っちゃいねェよ。」
「…それ以外、何もっ…望まない、のに…っ。」
「もっと我儘言ってやれば良かったのに。」
「そ、なの…嫌われ、ちゃっ…。」
「それだけで嫌うとか男の風上にも置けねェな。」
「…ふっぅっ……。」

小さく嗚咽が出始めるとエースがもう片方の手を私の頬に伸ばして涙を拭ってくれる。
その手の暖かさにもっと泣けてくる。
そうするとエースと反対側の隣に誰か立ったのに気付いて見上げると、いつもの気だるげな目をしてマルコ隊長がチラリと私を見やった。

「んなに泣くなら別れなきゃ良かっただろい。」
「…だっ、て……。」
「ついでに言やァ、サッチも別れたくねェなら引き留めりゃァ良いってのによい。」
「………ふぇ?」
「そうだろい?サッチ。」

マルコ隊長の言葉にえ?と零してたら、後ろから思い切り手を引かれてエースの暖かい腕から引っ張り出された。
何だ?と思って私の手を掴む大きな手の持ち主を見上げれば、そこにはバツの悪そうな顔したサッチ隊長。

え?あれ?ナースさんは?と思わず口にした私は悪くない筈なのに、それに対して睨んでくるサッチ隊長に思わず肩をビクリと震わせた。
そんな私にはお構い無しで船内へと引き摺られるようにしてずんずんと進んだ先は、二年間も付き合ってた癖に入った回数なんて両手で十分事足りるくらいしか入った事のないサッチ隊長の部屋だった。

その中に無理矢理引っ張り込まれたかと思えば、サッチ隊長はさっさとドアの鍵を掛けて。
そのドアに押し付けられるようにして荒々しく口付けられた。
久し振りの感触に酔いそうになりながらも、私の頭の中は疑問符だらけで。
思わずサッチ隊長の胸を思い切り叩くと漸く解放される。
少し睨むようにしてサッチ隊長を見上げると、サッチ隊長はさっきよりもバツの悪そうな顔で私を優しく抱き締めた。

「…何で何も言わなかったんだよ…。」
「………へ?」
「………へ?じゃねェだろっっ!!自分だけ見て欲しいなら何でそう言わなかったんだって聞いてんだっっ!!」
「え、え……え?」
「リンゴが俺の女癖の悪さも含めて好きだっつってたって聞いてたから、ずっと頑張って直さねェでいたのに何なんだよっっ!!」

……………はい?
女癖の悪さを『頑張って直さなかった』だと………?

ちょっと待て……ん?えっと………え?どういう…………はい?やばい、意味が分からない、どうしよう頭がこんがらがってきた。
それが伝わったのかどうかは知らないが、抱き締めていた腕を緩めて私の両肩を掴んだサッチ隊長の手がぎゅっと力が籠ったかと思えば、少し見上げた先にある彼の顔は泣きそうなものだった。

「リンゴが俺の女癖の悪い所が好きなんだと思って、抱きたくもねェ女頑張って抱き続けてたってのに…時間が合えばリンゴと一秒でも長く一緒にいたかったの我慢してまでどうでもいい女抱いてきたってのに…何なんだよっっっっ!!!!」

いや、お前が何なんだよ。
そう思ったけど、その言葉は口から出てきてくれなかった。

目の前の私の愛する大好きな馬鹿隊長がポロポロと涙を流しながら、悲痛な叫び声のような声を上げて怒鳴っているのを見て、そんな事が言えるだろうか?
いや、言える人が大半かもしれないだろうが残念ながら私はその大半に含まれていないらしい。

その証拠に私はサッチ隊長の頬を両手で包み込んで、触れるだけのキスをして。

「…サッチ隊長……これからは、私だけを見てくれますか………?」

そんな言葉が自然と出てしまったのだから。
それを聞いたサッチ隊長はサッチ隊長で、驚いたように目を丸めたかと思えば、すぐに私がどうしようもなく焦がれてしまった大好きな腕で強く強く抱き締めたのだ。

そして、抱き締められた事で私の耳元に寄せられた彼の口からは弱々しくもしっかりとした口調で告げられた言葉に、私もとうとうサッチ隊長と同じく泣き出した。














初めからお前しか見てねェよ















「なァ、マルコ。リンゴもサッチも気持ち擦れ違い過ぎてて本当に笑えねェよな。」

「本当になァ…っつーか、リンゴがサッチに惚れるよりも前からサッチはリンゴに惚れてたからなァ…。」

「ん?そうなのか?」

「リンゴが家族になってから急にサッチの女の好みが変わってよい…抱く女は全員リンゴに似た女だったからなァ…。」

「……サッチ馬鹿じゃねェの?」

「どっちも馬鹿だよい。」

「ハハハッ、違ェねェっっ!!」

















拍手で意外にもサッチ人気があったので、アンケート企画の練習に再度書いてみて幸せサッチが余計に分からなくなりました←

↓補足
サッチはずっとリンゴに片思いしていてそれを隊長全員が知っていました。
リンゴがサッチの視界に入りに行ってたのではなく、実はずっとサッチがリンゴの視界に入ろうとしていて、そこから徐々に接点を作っていたという健気なサッチ。
そんなサッチの本気さに周りの隊長が協力するも、リンゴにそっくりな女に言えない気持ちをぶつけるように抱いてしまうサッチに苦言を言うけど、それも含めて好きだと言い出したリンゴに周りは何も言えなくなる…という流れ。
しかもそれが変に拗れてサッチはリンゴ以外興味も無いのに抱き続けるという苦行を行い続け、リンゴもリンゴでそれに気付かないというどうしようもないカップルというお話。



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