SHoRT

□正確に言えば
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これは、今でも忘れられない、昔の話。






「…チッ。」


お気に入りの葉巻が切れた。


この葉巻は、ある島でしか作られていないもので、毎回大量に仕入れている筈なのに。

その葉巻が、切れた。


これ程、腹立だしい事は無い。

残数を管理出来ない倉庫担当の船員を船長室に呼び付ける。



倉庫の管理はリンゴがやっていた筈だ。



使えねェ部下を持っちまったモンだ、と。

最後の一本を、ゆっくりと味わいながら肺に入れた。



「お呼びですか?サー。」

「…葉巻はどうした?」

「え?はま…あっ…。」

「この前、上陸した時に仕入れている筈なんだがなァ…見当たらねェときたモンだ。」

「あ、あの…サー…。」

「リンゴ、俺は使えねェ奴は要らねェ性分だ。」

「っっ、サー…?」



ビクビクと怯えながら、それでも真っ直ぐ俺を見てくるリンゴ。

目には涙を浮かべ、だがそれでも決して零すまいとする気丈さ。



そういう所は、確かに気に入っていた。





「今すぐ、この船から下りろ。」





現在進行形で航海中のこの船から、『今』下りろという事は。

海に飛び込めという事。



つまり、処刑である。



「っっわ、かりっ…ました。」



船長の命令は絶対だ。

特にコイツ、リンゴは誰よりも俺に忠実だ。



その忠実さが気に入ってただけに、本当に残念だ。



「…失礼、しました…。」



頭を下げて部屋を後にするリンゴ。

パタンと静かに閉められたドアを俺は見つめた。



ドタバタ五月蝿ェ他の奴とは違って、俺の傍では物音を立てない様に気を遣うリンゴ。

そんな所も、気に入っていた。





スクッと椅子から立ち上がり、甲板へと向かう。

船縁には、顔を真っ青にして、膝を笑わせるリンゴ。

コイツは悪魔の実を食った訳でもねェ上に、海賊の癖にカナヅチだ。


だから、上陸した島がビーチでも、泳げねェからってよく俺の隣にいたモンだ。



それが少しだけ、気に入ってもいた。





「…ありがとう、御座いました…。」





そうポツリと独り言を言って。

ポロッと一筋、涙を流して。

船縁に足を掛けて。

リンゴは、海に向かって両腕を広げた。





「…行くんじゃねェよ。」





失った左手の代わりに付けたフックを、リンゴの細いウエストに引っ掛ける。

リンゴは驚いた様にして、俺の方へと振り返った。





「サー…ど、して?」





次々と零れる涙など気にせずに、顔を酷く歪めながらリンゴはそう言った。

自分の事は自分で、と責任感が人一倍強いコイツの事だ。

恐らくは、自分の責任だと、だからきっちり落とし前付けさせてくれ、って所だろう。



そんなコイツの性格も、気に入っていた。





「お前ェを手放すのが、少しばかり…惜しくなっただけだ。」





そう言えば、リンゴは。

ドバッと涙を溢れさせて、俺の服を両手でガッシリ掴んで。

涙でぐちゃぐちゃな顔を、俺の胸に押し付けた。






あァ、気に入ってる。

確かに俺は、コイツを気に入ってる。





まァ、気に入ってるじゃ語弊があるか。







正確に言えば







初めての感情に

今まで気付かなかったが


俺はリンゴを

愛しちまってるってだけなんだろう







fin.



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