SHoRT

□貴方に花束を
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※中編『残酷な人』の続編















貴方に花束を






今日も海を眺めている、あの背中。


誰よりも責任感が強くて。

誰よりも冷静沈着で。

そして、誰よりも優しい。



彼は、そんな人。



「…マルコ隊長、書類です。」

「ん?…あァ、すまねェよい。」

「いえ、そろそろ晩ご飯ですよ?中入りませんか?」

「もうそんな時間かい…じゃァ…。」


私がそう促すと、ビュウッと強い潮風が吹いた。

振り返ろうとしたマルコ隊長は、その風にフッと笑みを零す。


「いや、俺はまだ此処にいるよい。先行ってろいリンゴ。」

「えっ…でも…。」


愛しそうに淋しそうに。

海を再び眺め始めたマルコ隊長は、チラリと私を横目で見て。


苦笑しながら、言った。





「『海』がよい…行くなっつってんだ。」

一丁前に嫉妬しやがってよい。





そう穏やかに笑うマルコ隊長に。

私は頷いて、踵を返す事しか、出来なかった。






何故マルコ隊長は、あんなにも海にご執心なのか。

誰も知らない。

親父でさえも、知らない。


前に、親父にそれとなく聞いたら。


『アイツァ…世界一海に焦がれてやがるからなァ。』


そう言って、少しだけ苦しそうに。


『マルコもそうだが…お前ェも随分と辛ェ相手選んだもんだ、リンゴ。』


大きな手で優しく頭を撫でてきた親父に。

私は思わず、泣いた。






ある日の上陸した島で、私はこじんまりとした花屋を見付けた。


一輪の花を買って、直ぐに船へと戻ると。

やっぱり彼は、船縁に腰を掛けて海を眺めていた。


「船番じゃないのに真面目ですね。」

「…リンゴかい。」


楽しそうな声と楽しそうな表情を作って、マルコ隊長の後ろに立つ私に。

マルコ隊長は振り返って、そのまま船縁から腰を下ろした。


さっきまで座っていた船縁に寄り掛かりながら、どうしたんだと聞いてくるものだから、先程買ってきた花をマルコ隊長へと差し出す。


「胡蝶蘭です。マルコ隊長っぽいので、プレゼントです。」

「…男に花贈るかい、普通。」

「あら?私は贈りますよ?」


ふふっと私が笑うと、呆れながらもマルコ隊長は『ありがとよい。』と受け取ってくれた。


「あ、そうそう。」

「…何だよい。」


花を一輪挿しか何かに挿すためだろう。

部屋に向かおうとしていたマルコ隊長が、足を止めて振り向く。




その気だるげな目も。

その気だるげな声も。


優しさが詰まってるのを、私は知ってる。


その優しさは、愛情といえば愛情。




だけど、愛情でも『家族愛』の愛情。




私は、彼の妹でしかない。

こんな感情は間違ってるし、彼を困らせるだけ。




優しい彼は、私を突き放すなんて絶対にしないから。

この感情は、墓場に持っていくつもり。




「胡蝶蘭の花言葉は…『幸福が翔んでくる』なんですって。」

「…っっ!」

「何処かの島では青い鳥は幸せを運ぶそうですし、マルコ隊長にピッタリだと思ったんです。」

「青い鳥って…不死鳥は悪魔に分類されるって知らねェのかい?」

「青い鳥には変わり無いですよ。」




そう言う私の視線を、真っ直ぐに受け止めるマルコ隊長は。

やっぱり、優しい。




「…なら、リンゴにも幸せ運んでやるよい。」




悪戯に笑いながら、今度こそ部屋へと向かうマルコ隊長の後ろ姿が見えなくなって。

私の胸から、言葉が溢れた。





「幸せ、運べる訳っ…無いですっ…。」





貴方に愛されたい。

家族としてではなく、異性として。

貴方に愛されたい。





私に幸せを運ぶというなら。

私をどうか、女として愛して欲しい。





「言えない、けどね。」





さて、もう少しだけ泣いたら。

いつもみたいに笑おう。



涼しげな潮風が、私を慰めるかの様に頬を撫でた。


まるで風が涙を拭っているかの様な感覚に。

私は先刻のマルコ隊長と同じ様にして、船縁に腰を掛けて海を眺めていた。





「私も、海になりたい、な…。」





あの人に愛されるアナタが羨ましい。


もしかしたら、私も海になれば愛されるのかもしれない。



でも、出来ない。



私には誇りが刻まれている。

マルコ隊長と同じ誇りが、刻まれている。



彼と同じく。

誇りを掲げる為に。

自由を掲げる為に。

私は、戦う道を選んだんだ。



私はこれからもずっと、貴方の可愛い妹でいます。

だから、今だけは。


溢れる涙と。

溢れる言葉を。

許して下さい。





暖かな潮風に、包まれた気がした。






愛しています







花弁が傷付きやすい

そんな純白な胡蝶蘭の

もう一つの花言葉

貴方には伝わるのでしょうか?








fin.






胡蝶蘭の花言葉

白:幸福が翔んでくる
ピンク:愛しています



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