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□本気の戯れ言
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『必ず、俺は世界一になる。』
『俺の名前を、絶っ対ェ忘れるな。』
『毎日ニュースでも、チェックしとけ。』
本気の戯言東の海の酒場で、私は彼と出逢った。
彼が酒場の扉を開けた瞬間、恐怖で背筋が凍ったのは、今でも鮮やかに思い出せる。
夏の草原を思わせる鮮やかな緑の短髪が、まず目に入ったのだが、次の瞬間には鋭い眼力に私は射抜かれた。
野獣の様な飢えた瞳でありながら、信念や覚悟が今にも溢れそうな程に強く真っ直ぐとしていて。
それに、強く惹き付けられたんだ。
「…酒。」
「あ、はい。何に致しますか?」
「あー…旨ェのなら何でも良い。」
「えっと…好みとかございますか?」
「甘くねェなら何でもイケる。」
ぶっきらぼうに言う姿が、何処か古風で硬派な印象で。
私は彼に似合いそうな、歴史のある強めで余り癖の無いスピリッツをロックで出した。
彼は静かにグラスを受け取ると、一気に飲み干して、私をとても驚かせたのだ。
「お味は大丈夫でしたか?」
「…あァ、旨い。同じの貰えるか?」
はいと返事をして、新しくロックグラスを出そうとすると。
「このままで良い。氷溶けてねェしな。」
カランと軽やかな音をさせて、彼は私にグラスを差し出したので、そこに新たに酒を注ぐと、またもや彼は一気に飲み干した。
暫くそれを何度も繰り返したのだが、彼は全く酔う素振りも見せない。
始めは心配しながら注いでいた私も、何処まで飲めるのか好奇心が湧いて、彼のグラスに酒を注ぐのが楽しくなっていて。
「…違うスピリッツでも宜しいでしょうか?」
気付くと、彼が旨いと飲み続けたスピリッツが無くなっていた。
「あァ、また勧めので頼む。」
「では、此方で。」
またもや強めの、今度は深い渋味のあるスピリッツを新しいグラスで出す。
同じ様に一気に飲むかと思った、が。
口を付けて直ぐに、彼はグラスを口から離した。
「お味、合いませんでしたか?」
少し不安になりながら尋ねると、彼は初めてフワリと笑みを浮かべて。
「いや、こいつは一気に飲むには勿体ねェな。」
そう言って、味わう様にチビチビと飲み始めたのだ。
この海賊時代、味など関係無く量ばかり飲む客が多い中、味を分かる客は久方振りで。
私は思わず頬を綻ばせた。
「やっぱり、な。」
「…え?」
「いや、お前ェはこいつと同じだな。」
ニヤリと笑って、グラスをカラカラ鳴らしながら顔の位置まで上げる彼に、私は首を傾げた。
「お前ェは一癖も二癖もありそうだ。」
じっくり味わわねェと、勿体ねェ。
グラスを持った手で口元を隠す様にして、真っ直ぐ私を見据える彼から、私はどうしても目を逸らせなかった。
「俺はロロノア・ゾロだ。お前ェは?」
「あ…リンゴで、す。」
「そうか。…なァ、リンゴ。お前ェは世界一の女房になる気はねェか? 」
「…へ?」
余りにも間抜けな声で返事してしまった私に、彼はクツクツと喉を震わせた。
そして、冒頭の台詞を言われて直ぐに。
グラスを持つ手とは反対のそれで、私の手を掴んだ彼は。
乱暴に、けれども優しく私の唇を奪って。
言っとくが俺は、全く酔ってねェからな。つまりは
そのプロポーズ染みた台詞は
酔っ払いの戯言でなく
本気の台詞だって事で
対して私が出来た事は
顔を赤くさせて頷くだけだったfin.