SeRieS

□思ひ出の君へ
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ある日、モビーディック号の甲板に大きな青い光が現れた。



一瞬、マルコの再生の炎か?なんて思ったが、当の本人は俺の横で驚きに目を丸くしてる訳で。

何なに?グランドラインの神秘的な?奇跡の現象的な?

そんな事を思っていたら、その光はどんどん小さくなってって。

光の中から現れたのは、一人の女だった。















思ひ出の君へ















「………え、まさか………リンゴ姉ちゃん?………っ!!リンゴ姉ちゃんっっっっ!!!!!!!!」





まだぼんやりと光を纏いながら浮かぶ女の顔が見えて。
俺は思わず叫ぶようにして駆け寄って行った。

そんな俺を見て更に目を見開いて驚くマルコの顔が視界の端に見えた気がしたが、そんなんどうでも良い。
リンゴ姉ちゃんだ、間違いない、俺がリンゴ姉ちゃんを見間違う筈がない。



すぐに空中を浮かぶ女の身体の下で両腕を伸ばして、彼女の身体を引き寄せる。

すると、まるで俺が来るのを待っていたかのように、俺が女___リンゴ姉ちゃんの身体を抱き締めた瞬間。
淡い光は完全に消えて、リンゴ姉ちゃんの身体は重力に従って俺の腕に確かな重みを与えた。


「……んっ………ん?」
「リンゴ姉ちゃん!!大丈夫か!!???リンゴ姉ちゃんっっ??!!!」
「へ…………えっと……どちら様、ですか………?」


目を覚ましたらしいリンゴ姉ちゃんは、俺の腕の中で目をぱちくりさせて「どちら様ですか?」なんて言いやがった。



俺を……覚えて、いない?



確かに、リンゴ姉ちゃんと唐突に出逢ったのも唐突に別れが訪れたのも、随分昔の話だ。

でも、でも。
俺はこんなにも鮮明に覚えているのに。



リンゴ姉ちゃんの笑顔も。
リンゴ姉ちゃんの温もりも。
リンゴ姉ちゃんの声も。
リンゴ姉ちゃんの匂いも。



俺は一つ残らず覚えている。


「……おい、サッチ。取り敢えず、知り合いだろうがそうじゃなかろうが……まずは親父に報告しに行けよい。」


頭が真っ白になっていた俺に、常に沈着冷静な一番隊隊長殿は至極最もな事を告げた。
それにゆっくりと頷いて、俺は何処かぼんやりとしながらリンゴ姉ちゃんを横抱きしたままで、親父のいる船長室へと向かう事にした。








親父は訝しげに(親父からすれば)見知らぬ女を横抱きにしている俺を見下ろした。
リンゴ姉ちゃんもリンゴ姉ちゃんで親父を見た瞬間に身体を縮こまらせ、緊張に身体を固くしていた。

俺の後ろには隊長全員がズラリと並んで、行く末を見守っている様子だ。
特に親父の右腕として、船に乗せる人物は信用出来ると分かるまで疑い続ける立場にあるマルコは、俺の知り合いらしいという事でどうすれば良いか分からねェって状態で。


「親父に昔、俺がガキの頃の話した事あったろ?」
「……海に出たァ切っ掛け、ってェヤツか?」
「あァ、この女がそのリンゴ姉ちゃんだ。」


どうやらリンゴ姉ちゃんは覚えてねェみたいだけど。
そう付け加えると、親父は少しだけ目を見開いたが、すぐに金色の目を細めた。
まるでリンゴ姉ちゃんの心を見透かすかのように、全てを見通す親父の目に射抜かれたリンゴ姉ちゃんはビクリと身体を震わせた。

それをチラリと確認して、ふと気付いた。



リンゴ姉ちゃんって、こんな幼い顔だったか?



いや、あの頃は俺は十かそこらのガキだったからリンゴ姉ちゃんが物凄ェ大人に見えていたのは確かだが。
今じゃ俺のが大人……というより、おっさんになったから若く感じるのかもしれねェ。

…………って待てよ。
リンゴ姉ちゃんは俺よりも十歳程年上だった筈だ。

それなら、もしかして、この女は。


「……もしかして、さ。お母さんの名前って……リンゴだったり、する?」


リンゴ姉ちゃんの娘、なんじゃねェか?と。
そう不安になって聞いてみると、目の前の彼女はフルリと首を弱々しく振って。


「林檎は私の名前です。杜ノ都林檎、私の名前です。」
「……えっと…リンゴ、ちゃん?は、何歳?」
「十八歳です。」


俺のガキの頃の記憶ン中ではリンゴ姉ちゃんは二十歳だった筈だ。

え?何?若返りの悪魔の実でも食ったの?
ピチピチの実とか?男のロマンかよ。

どうでも良い事に思考が行きかけたが、必死に戻して再度何がどうなってるのか考え込んでいると。
グララララという笑い声が腹の底に響いてきたのを感じて、視線をリンゴちゃんから親父へと戻せば。

愉しくて仕方ないという顔で笑う親父が目に入った。


「こりゃア異界人か、珍しいじゃねェか。」


イカイジン?何それ?
そう思っていると、親父は知らねェのか?というように片眉を上げた。
勿論知らねェ俺は、軽く首を横に振る。

すると、親父はグラグラと小さく笑いながら。



「この世界とは別に存在するってェ言われる世界……つまり、異界から迷い込んだ人間が稀にグランドラインに現れるらしいが………リンゴっつったか?」
「え、は、はいっ!!」
「お前ェはそれだろうなァ。」


海の空気を纏うこの世界の人間とは違って、陸の空気を感じる。
そう言った親父は、今度は大声でグララララッッッ!!!!!!と笑った。

そして、一頻り笑った親父は、すぐにマルコに向かって一つの船長命令を下す。




「異界人は吉兆の現れだってェ古くから言い伝えられてらァ!!目出度ェじゃねェか!!マルコ、宴の準備しろォっっ!!!!」





それに全員目を丸くしたが、命令されたマルコは「了解」とだけ言って船長室から出て行った。
俺も含めた他の隊長は暫く唖然としていたが、親父の早く準備しろの言葉で我に返り、いそいそと船長室を退室したのだが。


「あ、あの………。」
「ん?」
「お、下ろして、貰えますか……?」


恥ずかしいので。

そう顔を赤くしてポツリと呟く『リンゴちゃん』の顔と。
二十五年以上も昔、それこそロジャーも親父も現役だった頃に半年共に暮らした『リンゴ姉ちゃん』の顔が。

ピッタリと、重なった。
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