TRiP

□素晴らしいまでの直角
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『目覚めたら美女に顔を覗き込まれていた』は、既に経験したが。


『目覚めたら青年に顔を覗き込まれていた』は、初めてです私。



この世界は、どうやら初体験が多く存在するらしい。



うん、まぁ違う世界だもんな。

仕方ない仕方ない。

そういう事にしておこう。



「あ、の…えっと…。」

「お前ェがリンゴか?」

「あ、はい。杜ノ都林檎と申します、はい。」

「そうか!俺はポートガス・D・エースだ!」



ニカッと笑われてしまえば、此方もニカッと笑うしか無い。


うん、爽やか好青年だな。

ちびマルコとは大違いだ。


「今からリンゴの歓迎の宴だぞ!起きろ!」

「…へ?ひ、ひィゃあアァァァァァァッッッッッ!!!!」


取り敢えず、前言撤回しよう。

爽やか好青年は、こんなに強引じゃない筈だ。



間違っても女の子の首根っこ掴んで。

宙ぶらりんなベッドから女の子を引き摺り降ろして。

そのまま女の子を床引き摺って。

襟に首が絞まって女の子が呼吸困難に陥る。



そんな行動なんて、しない筈だ。

そう信じさせてくれ。


「ぐっ…ぐる、じ…。」

「ん?あァ、悪ィ悪ィ。」


思ってないだろ、絶対。


「どうも失礼…改めて、此処の二番隊隊長やってる俺の名はポートガス・D・エース。以後宜しく。」

「いえいえ、そんな…此方こそ…。」


体を直角に曲げて深々と礼をするエース君に、私も思わず頭を下げてしまった。


「んじゃ、行くぞ!」

「いや、待て。」


首根っこを掴むな、首根っこを。


首を傾げて『どうした?』と言う彼、エース君に私は思わず挙手しながら訴える。



「引き摺られるのは苦しいんで、せめて歩かせて下さい。」

「おう、いいぞ!」



そう言って自然に私の手を取り、歩き出すエース君。





いやいや、自然過ぎて姉さんビックリしたぞ。

何だ?君は、天然タラシかこの野郎。


「あ、あの…手…。」

「ん?手がどうかしたか?」

「いや、何故手を…。」


何とかそう言えば、エース君は繋いだ手を見ながら不思議そうに言った。




「男は女を『えすこーと』するもんなんだろ?マキノから聞いた事あるぞ?」




何て素敵なジェントルマンなんだ!


ナイスだ!マキノさん!!

しかし、首根っこ掴んで引き摺るのは違うぞ!マキノさん!!

いや、間違ってるのはエース君か?




「ホラ、さっさと甲板行こうぜ?」




いや、もう…この際どうでも良いや。

君は若いのに素晴らしいよ、エース君。

ちびマルコも見習えや、あのパイナップルオッサン。



「そういえば…『ポートガス』君って名前変わってるね。『エース』君が名前かと思った。」

「ん?名前はエースだぞ?ポートガスは名字だな。」

「…は?」


え?『ポートガス・D・エース』だよな?

外国の名前って『ファーストネーム(名前)・ミドルネーム・ラストネーム(名字)』だよな?

『ポートガス』が名前で、『D』がミドルネームで、『エース』が名字じゃないのか?


「え?じゃ、じゃあ…『D』はミドルネームで合ってる?」

「みどるねーむ?その『みどるねーむ』っての知らねェし、Dってのもよく分かんねェけど…俺の『母親』の家系は付いてんだ。」


妙に『母親』を強調したな。

まぁ、きっと訳あり家庭なんだな。

こういうのは触れないに限る。


「そっか…じゃあ名前の順番は日本と同じなのか。」

「ニホン?リンゴの故郷か?」

「うん、私の生まれた国。その辺りの国は名字・名前の順番なんだけど…他の国だと名前が先に来て、次に名字が来るの。」

「ふーん…なんか難しい世界なんだな。」


何気ないエース君の一言。


あぁ、確かに難しい世界なのかもしれない。

当たり前だったから気にもしなかったけど。


国によって名前の順番が違ったり、言語が違ったり、習慣が違ったり。

そんな違いが少なそうなこの世界からすれば、私のいた世界は。





_何て複雑な世界なのだろう





「取り敢えず、甲板行くぞ!リンゴ!」


ニッと笑うエース君が、物凄く眩しかった。


何の垣根も無い世界は。


俄かに信じ難い私の話を受け入れてしまう程に。

そして、異質な存在とも言える私を受け入れてしまう程に。


こんなにも優しいのかと。



目を背けて、夢だ夢だと必死になっていた自分が。

私は、恥ずかしくなった。





取り敢えず、今、私が強く思う事。


白ひげの船長さん。


エース君を私の世話役に任命して下さい。

切実に。
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