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□この願いを君へ
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Side-陸奥
楽しい雪姫苺さんとのドライブデートが急に雪姫苺さんの提案で一泊の旅行に変わった。
まぁ、雪姫苺さんの気紛れは今に始まった事じゃないけど、林檎をマルコと二人きりにする事に多少……とは言い難い不安はある。
マルコの人柄を否定する訳じゃない。
マルコが良い奴だってのは、子供の頃の記憶で既に分かっている。
田舎育ちで人を疑う事も知らず、勿論喧嘩なんてした事もなかった僕を守ってくれたのは、いつもマルコだった。
マルコは警戒心も強かったし、愛想が良いとは言えなかったけど、性根はとても面倒見が良くて優しい男だというのは知ってる。
だけど、僕が飛んだマルコの生まれ故郷である裏町は、周りの大人達がそれはもう酷いものだった。
暴力で何事も解決する男に、身体や言葉を巧みに利用してくる女。
だからかもしれないけど、特に女に対してのマルコの姿勢は『利用される前に利用する』というものだった。
マルコがこの世界に来て林檎と話したり笑ったりしてるのを見ていると、その考えを改めたのかと思う時があったけど、小説のネタを聞かせて貰う時に『やっぱりマルコは海賊なんだ』と実感した。
きっと今でもマルコは、女の見方を変えてないだろうし、力で物を言う男には力をもって捩じ伏せるだろう。
もしも、娘が『利用される』なんて事があったら……と思うと、気が気ではなかった。
「そんな事言っても林檎の元彼なんて全員碌でもない男だったわよ?」
「ちょっと待って、雪姫苺さん!!どどどどどういうここここここと??!!!!」
「言葉の通りよ、陸奥。」
助手席に座る雪姫苺さんがとんでもない爆弾を落としたかと思えば、どうやら林檎から(恐らく無理矢理)聞いてたらしい今までの恋人の話をペラペラと話し出した。
………林檎、何故そんなに男を見る目が無いのか。
父さん悲しい、本当に悲しいぞ。
「私の娘だってのに……歴代彼氏は女好きの二股どころか何股もかける男か、本命が別にいて浮気相手にされてたかの二択だからね。」
「何で…そんなに……っっ!!!!」
「まぁ、林檎は考え過ぎるからねぇ………相手の都合ばかり考えて、自分の事は後回しにしちゃうのよ。」
こんな自由な雪姫苺さんから生まれたのに、何でそう育ってしまったんだ……っっ!!!!と思って。
雪姫苺さんが大陸マフィアとの繋がりを作る為のマフィアの若頭の婚約者だった過去を思い出した。
大学生時代に都会に遊びに行った時に偶然雪姫苺さんに出逢って。
互いに一瞬で恋に落ちて。
逢い引きを繰り返して。
雪姫苺さんの親にバレて、大学そっちのけで貯金を全部下ろして、世界中を死に物狂いで逃げ回ったっけなぁ………。
雪姫苺さんの実家の組と大陸マフィアに捕まってたら、僕は太平洋のど真ん中でコンクリ詰めされて沈められてただろう。
今思っても、あの頃の僕は若さという勢いだけで生きていた気がする。
結局は雪姫苺さんのお祖母様が、僕と雪姫苺さんが心中して死んだと話を付けて纏めてくれたんだ。
その時に僕も雪姫苺さんも戸籍を変えていたから、互いに親親戚がいても会う事は勿論、連絡も取れない状態になって、唯一繋がりのあったお祖母様も林檎が小学校の時に亡くなった。
お盆という行事をするようになったのは、それからだ。
勿論、お祖母様のお墓参りなんて出来ないし、雪姫苺さんのご実家の仏壇に手を合わせるなんて以ての外だから。
小さな仏壇を家に置いて、大恩人であるお祖母様の位牌を勝手に作って、それを墓代わりにして毎年お盆を迎えている。
そんな過去を持つ僕等が親親戚との付き合いが無い上に訳ありっぽい雰囲気を纏うのは当然で。
そういうのは大抵、何故か近所の噂となる。
そして、その餌食になるのは親よりも子供………つまり、林檎だった。
林檎が幼稚園小学校の頃は何度も虐めに遭い、その度に転園転校もしている。
お祖母様がそんな孫を不憫に思って、秘密裏に用意してくれた今の場所へと引っ越して来てからは、虐めの類いや近所の噂なんてのは無くなったが。
その頃には既に林檎は『周囲の顔色を異常に気にする子供』になっていた。
周りの視線を気にして、その視線に雁字搦めになった林檎は母親のような『自由な人』とは真逆の子供に育ったんだ。
『林檎は私の反面教師だから』と、よく雪姫苺さんは言う。
自由な母親とそれに振り回される父親を見て、『自由』ではなく『振り回される』方に似てしまったのだと。
林檎の男の見る目の無さは、突き詰めれば僕と雪姫苺さんが原因なんだ。
それに気付いて、無意識に奥歯を強く噛み締めた。
「………ねぇ、陸奥。」
「ん?何だい?」
「異世界に飛んだ理由は『強く願ったから』で、異世界から戻れた理由は『その願望が叶ったから』なのよね?」
「うん、そうだね。だからマルコもきっ「林檎が異世界から帰って来れたのはマルコさんのお陰よ。」………え?」
ニンマリと楽しそうに目を三日月型にして笑う雪姫苺さんに、対する僕は目を真ん丸にしていた。
マルコのお陰………?
首を傾げていると、どうやら林檎に(きっと無理矢理)異世界での話を聞き出した時に、その異世界に行き来する理由となる『願望』の話を林檎にしたそうだ。
「あの子ね、最低男と別れたばっかりだったから、『次こそは自分を大切にしてくれる男と出逢いたい』って思ったらしいわ。」
「………それが、マルコって事?」
「えぇ。だって戻ってくる前にマルコさんにキスされたらしいから。」
「………………は?え?ちょ…………はあああぁぁぁぁぁぁあああああっっっっっっっ?????!!!!!!!」
急ブレーキを踏みながら叫ぶ僕に雪姫苺さんは煩そうに顔を顰めたが、それ所じゃない。
え?人の娘に何勝手に手出してんの?
何アイツふざけてんの?
ちょっとこれは、流石の僕も殺意芽生えるよ?
あ、でもマルコ不死鳥だからな。
でも確か、海水の代わりに塩水でも能力奪えたよね?
帰ったら取り敢えずマルコに塩水ぶっかけよう、そうしよう。
………確か物置に駆け落ち時代に使ってたサバイバルナイフあったよね?斬れ味落ちてないかな?
物騒な事を考え出した辺りで、左隣から凍える程の冷気を纏った視線を感じた。
「あ、ああああの、雪姫苺さんんんんんん???!!」
「………あんたぁ何考えてんだ?あ"あ"ん?」
「いいいいいえ、ななななな何もっっっ!!!!!!」
「林檎がこっちに戻れたって事ぁマルコさんに『大切にされた』からだろうが阿呆んだらぁっっっ!!!!!!」
雪姫苺さんの怒号が響く。
………思わず、ブレーキ踏んでた足離すとこだった。
道のど真ん中で車を止めてしまったけど、田舎だし車なんて殆ど走ってないから、そのままギアをパーキングにする事にした。
事故りたくないし。
「……ねぇ。もしも、マルコさんが自分の世界に戻っちゃったら………今度は『マルコさんに会いたい』って林檎は願っちゃうんじゃないかしら?」
「そそそそそそそそんなっっっ!!!!」
「陸奥、私達のせいで林檎は『自由な生き方』が出来なくなったの。分かる?」
「…っ!!」
「不器用で自分を後回しにしちゃう『不自由な生き方』しか出来ない林檎を、海賊なら『自由な生き方』させてあげられるとは思わない?」
少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうな声で、雪姫苺さんはそう言った。
その微かに震える声に、酷く胸が切なくなってくる。
可愛い娘と二度と会えなくなる寂しさに負けて、可愛い娘が初めて掴もうとしている幸せな恋愛を奪うか。
可愛い娘と二度と会えなくなる寂しさに耐えて、可愛い娘の初めての幸せな恋愛を応援するか。
雪姫苺さんは、きっと迷わずに後者を選んだ。
僕は、どちらを、選ぶのだろう?
僕の頭に浮かんできたのは。
雪姫苺さんと二人で大泣きした、林檎が生まれてきたあの日の夜の光景だった。