短編

□やりとり
1ページ/1ページ


リンク×イリアではなくリンクとイリアは幼馴染みで親友みたいな関係

――――――――――――

トアル村に帰ってきたリンクは心が病んでいた。そのことに気がついていたのはイリアだけだった。
村に戻ったリンクは、表面上何事もなく暮らしていた。表面上だけは。帰ってきた当初、村の大人達は心配になってリンクになにかと世話をやいて様子を見た。それに対して始めはぎごちない笑顔を見せていたが、気がつくとリンクは前と変わらぬ笑顔を見せた。子供達と遊ぶ時もそうだ。始めは、苦笑しながらやんわりと断ったりしていたが、そのうち前と変わらない姿を周りに見せていた。時間が経つにつれ村人は安心して、リンクを心配するのを忘れた。対して、リンクの幼馴染みであるイリアは今でも度々心配になって彼の家を訪れる。
昼間に訪れた一番最初は酷かった。リンクが帰ってきた当初だったこともあるが、彼は何もせずに床に寝転がり静かに涙を流していた。部屋を見ると料理やランプを使用した後がなく、掃除もされていなかった。それを見たイリアは、何も聞かずにリンクの世話をした。
イリアがまず一番始めにしたことはリンクをベッドに行かせ、胃に優しい粥を作って彼に食べさすことだ。リンクをベッドに行かせるのは苦労した。彼に何度も声をかけても無反応でボロボロ涙を流すだけ。諦めたイリアは、ベッドにつれていくことを一様に伝え、リンクを無理矢理起こし彼の両脇を下から持ち上げるように引きずってベッドにつれていった。次に粥を作ろうと台所に行き食料を見た。米、小麦粉などの長期間保存がきく物は同じところにしまわれていたので使えるのだが、他の物は傷んだ物が含まれてしまわれていたため使うのにためらって全て破棄した。その中には村人から厚意で貰ったものがあった。念入りに食器と調理器具と台所を洗い、水と塩の粥を作った。そして、火にかけている間に可能な限り部屋を掃除した。窓を開けて大雑把に掃除し、細かいところは後ですることにした。
イリアは出来た粥を持っていきリンクに食べさせようとしたが、彼は口を開く以前に無反応だった。何度声をかけても、掬った粥を口に近づけても、身体を揺すっても先程と同じく無反応。違うのは涙をボロボロ流していないだけ。一時間ぐらい粘ったが、一口も食べてもらえなかった。イリアは、粥をベッドの近くのテーブルに置くことをリンクに伝えると、先程できなかった掃除を再開した。結局、リンクはイリアが掃除を終えて夕方に帰っても粥を一口も食べなかった。
その日からイリアは毎日リンクの家に行き世話をした。料理に掃除に洗濯。エポナの世話もした。そして必ずリンクに喋りかけた。リンクの反応はなかったが、それでも語りかけるのをやめなかった。そのかいあってか、始めはイリアすら眼中になかったのが、少しずつ反応するようになり、ご飯もある時にスプーン一杯を食べてから徐々に量が増えてきた。胃が受け付けず吐くこともあったが、それでも食べた。エポナの世話もするようになった。むしろ、食べたり掃除する時より、積極的にエポナの世話をした。そうして、長い時間をかけて回復していき冒頭の状態になった。
イリアは心配だった。リンクは回復していっているが、たまに最初に家を訪れた時のように涙をボロボロ流し反応しないことがあった。また一番最初の頃に戻るのではないか、と。リンクは、それなりに自炊や掃除をするように戻ってきたので、訪問回数は減らし、一人に慣れさせるようにしているが、自分が訪れなくなったらそうなるのではないか。
そんな恐怖にイリアは今日様子を見に訪れたリンクの家をもう一度夕方に訪れることにした。
家から出る時に父親のボウに声をかけられた。
「イリア、リンクのところに行くんだろう」
微笑ましいといった表情で言うボウにイリアは淡々と答えた。
「日が沈むまでにはちゃんと戻ってくるわ」
「それは当たり前だ!結婚前だというのにお泊まりは許さんぞ!」
クワッと目を見開いてボウは言いおわると、冗談だと言うように大声で笑った。
「…お父さん、何度も言うけれど、リンクと私はそんな関係じゃないわ」
冷ややか目で言うイリアに、分かってる分かってるとまた笑って言うボウ。イリアはより一層冷ややかに父親のボウを見て家を出た。
父親のボウを始めとするトアル村の大人達は、現状であるイリアがなにかと世話をしにリンクの家を訪れる関係に誤解を持ち、むしろそうあって欲しいと思っている。村人はリンクが病んでいることを知らないので、そう思ってしまうのは仕方がないとイリアは分かっている。誤解だと村人に言っているが、照れ隠しだと更に誤解された。
そんな村人にイリアは憤りを感じていた。リンクが病んでいるのに知りもせず、分かろうともせず、何もせず。そして、イリアがリンクに世話をしに行くのが微笑ましいと勘違いする。率直に腹が立つ。リンクなら大丈夫という概念、偏見。彼は、普通の青年に入ったばかりの人間。自分と同じく心はまだまだ脆く、傷つきやすい。それを分かっているはずなのに。自分が記憶喪失になった時にリンクは必死になって助けてくれた。その恩返しを無意識にしているのかもしれない。そうであっても、助けたい。リンクは聖人でも英雄的な存在ではない。自分達と同じ人なのだ。それを分からない村人に。違う。それを分かっているはずの村人の対応が腹が立つ。憎い。
イリアはリンクの家に着くと名前を呼んでノックをした。反応が無い。もう一度ノック。しかし反応が無い。イリアは眉にしわを作ってドアを開けた。
リンクは居なかった。どこにも。部屋は暴れた跡があった。椅子は逆さに立っており、食器は床に叩きつけたのか破片が散らばっていた。テーブルに包丁の傷がたくさんあり、独りでに刺さって黙止。カーテンはめちゃくちゃに引き裂かれている。
イリアは全身から汗が出てきた。不思議とそれを熱いとは感じず、冷たいと感じた。そして呼吸が深くなり、そして短く荒くなり、ドッドッと心臓が早くなった。
イリアは飛び出した。
早くリンクを見つけなければ。それだけを考えて、がむしゃらに走って必死に探した。遠くには行っていないはず。そう思うも、崖と崖を繋ぐために造られてた木の橋を思いだした。あそこで、もし飛び降りたら。そう考えるだけで、もう駄目だった。
イリアは歩き始めた。ゆっくりゆっくりと無意識に妖精の泉へ歩みを進めた。そこで何をしようとか考えていない。ただ、自分をどうにかして欲しかった。
妖精の泉へ行くと、見馴れた姿があった。泉の中心で頭を抱えて四つん這いになっている。リンクだった。
イリアは目を見開いて走ってかけよった。すぐ近くの距離であったが、長くとても長く感じた。
「リンク!…リンク!しっかりして!わかる?」
大声で呼ぶ。届くようにではなく、彼の心に届けと必死に呼んだ。
反応がない。むしろ、頭を抱えて横に振った。何かを否定している動きに見えた。それでもイリアは呼び続けた。その声は叫びになっていった。
何回呼び続けただろう。日が沈んでからだった。リンクが急に吐き始めたのは。消化されきった胃には何も残っておらず、胃液だけだった。濁った黄色をしたそれから放たれる悪臭に、イリアは眉をひそめてリンクの背中をゆっくり擦ってやった。それからリンクは二回ほど嘔吐した。吐き出されるそれは、リンクを蝕んでいる黒く禍々しいものにイリアは見えた。
計三回で吐き終わったのか、リンクの呼吸は落ち着いていった。そして、口を開いた。
「……イリア?」
イリアは息を飲んだ。
リンクは顔を上げてイリアを虚ろな目で見た。
「イリア」
泣きそうな声だった。
リンクはイリアに汚れた手を伸ばした。イリアは悲鳴をあげそうになったが、ぐっと耐えた。リンクが伸ばした手はイリアの肩を掴んだ。加減ができないのか、力強い痛みが身体に走った。イリアはその腕を振りほどこうとはしなかった。何故なら、リンクが帰ってきて始めてイリアの名前を呼んだからだ。イリアは涙がでそうになったが、唇を噛んでこらえた。
リンクはイリアの肩を掴んでいた手を背中に回し、身を寄せて抱きしめた。そして自分の頭を彼女の肩に乗せ、こう言った。
「…ごめん」
どちらかというとリンクが涙を流すのが早かった。しかし、ほぼ同時にイリアも涙を流した。
「イリア、ごめん。…今までごめん。ご飯つくってくれたのに食べなくてごめん。掃除に洗濯に、エポナの世話までほんとにごめん」
イリアは自分の肩が濡れはじめたの感じた。
「…でも、もう大丈夫。ミドナがいないこと受け入れて前に進む、から…」

ミドナとは誰か分からない。しかし、大切な人だということは分かる。
イリアはリンクの背中に腕を回し手で擦った。リンクは更にイリアに抱きつき、声をあげて泣いた。また、イリアもポロポロ涙を静かに流した。
それから数週間後。リンクは、エポナと旅に出た。イリアが聞いたところによると、ちゃんと世界を見てみたいそうだ。
旅に出ることを伝えたのがイリアとモリとコリンの三人のみだった。その為に村人はリンクやイリアのことを心配していた。もちろん二人の関係もだ。しかし、イリアが何事もなく元気に過ごし、ハイラル城下町のある青年が格好いいと言う姿を見ると、勘違いだったのかと村人は安心したのだ。
イリアは村人、父親のボウにさえ秘密にしていることがある。実はリンクから手紙がくるのだ。イリアは返事を返しているのだが、旅で一定の場所にリンクがいない為、ポストマンからは見つけしだいということになっている。その届いた手紙の中には、こう書かれたものがある。「好きな子ができた」と。イリアは、ただ一言「頑張って」と返事を書いた。
その数ヵ月後に、今度はイリアが「好きな人ができた」と返事の中に書き、リンクからは「頑張って」と。
数年後、リンクは戻ってくる。手紙に好きな子ができたと書いた女性の手をしっかり握って。




go back

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ