Book泡沫のおはなし
□黒猫のおはなし
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今日も人がこぼれそうに混み合う地下鉄のホーム。
俺は今日も黒猫を見ている。
プシュウと空気が抜ける間抜けな音が耳に入る。
黒猫がその細い足で滑るように車内に入るのを追いかける。
今日も俺は黒猫の横に立つ。
そろそろ顔を覚えてくれただろうか。
猫は警戒心が鋭い物だから、少しずつ、少しずつ近付かないと。
ちらり横の黒猫を見る。
珍しい、黒猫がこちらを見ていた。
ぱっと目を反らしてしまったけど、これはきっと前進だ。
もう少し、もう少し。
きっといつか捕まえるから。
今日も人がこぼれそうに混み合う地下鉄のホーム。
今日もあいつは俺を見ている。
プシュウと空気が抜ける間抜けな音が耳に入る。
目線から逃げるように車内に急いだ。
今日もあいつは俺の横に立つ。
怖い。
あいつは派手で、格好よくて。
俺は地味で、根暗で。
きっとあいつも俺を虐めるんだ。
そう思っていた、ずっと。
でも何もされなくて、ただ見られているだけだった。
変な奴。
ちらりと横を見ると目が合った。
ぱっと目を反らす。
変な奴。
なんであんな優しい目、してんだろう。