Book童話のおはなし

□勇者のおはなし
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THE END


〜Epilogue〜


重い雲が割れ、明るい光が射しはじめた空の下。

背中に崩れかけた恐ろしい城を後にし、1人の勇者と3人の仲間達が意気揚々と歩いていました。


勇者は短い黒髪に大きな剣を背負った歴戦の戦士、そしてこの世界の大国の王子でもあります。

世界を脅かす恐ろしい魔王を倒す使命を王から受け、様々な戦いの末ようやく魔王を倒したのです。


しかし、勇者の歩みは自らの国に近づくにつれ段々と遅くなり、不機嫌さをあらわにしました。


勇者の仲間達は勇者の後ろでヒソヒソ話をしはじめました。


「ちょっと〜うちの勇者様は何不機嫌になってんのよめんどくさい。」

「まあまあ僧侶ちゃん、ほらあれだよあれ、お城にはあの人いるでしょ。ねえ武闘家ちゃん。」

「ん…王様…」

「そうそうそう、ほらさあ僧侶ちゃんしんないかもしれないけど王様ってのがまたほらお貴族様?っていうか高飛車っていうか嫌みっていうか〜なんかやな奴?でさあ「遊び人うるさい」

「…うるさい…」

「ひどい!」

「うるさい遊び人。あれ?ていうか王様でしょ?勇者のお父さんじゃないの?」

「…お父さん、ちがうよ。お兄さん。」

「あ、そうなの?…勇者のお兄さんが性格悪いって意外ねえ。」

「悪い…?」

「でしょでしょ?まあほら血はつながってないらしいんだけど〜同じお城で育ったにしては勇者は乱暴だし雑だし粗暴だしデリカシーないけど一本気だし。」

「馬鹿とも言うけど。」

「てか脳筋?」

「テメエ誰が脳筋だ、ああ゙!?」

「……ギャアア!ちちち違う違うよほら僧侶ちゃんが」

「僧侶ぉ?さっさと先進んでんじゃねえか。」

「ギャアア!!ひどい!!」


勇者と遊び人がギャアギャアと騒いでいるのを後ろに、僧侶に手を引かれた武闘家はぽつりと呟きました。


「……優しい、よ?」




無事に城へとたどり着いた勇者一行はその足で王に謁見しました。

小高い階段の上の豪奢な椅子に、くすんだ長い銀髪を神経質に撫で付けた王様が座っています。

勇者は無言で王様の前にひざまずきました。


「…顔を上げよ、魔王討伐、よくやった。」

勇者はゆっくりと王を見上げます。

「流石は我が弟、と言った所か。」

王は冷たく整った顔に優しげな笑みを浮かべます。

勇者はぎょっとしたように眼を見開きました。


「…お前には身が重いかと思った私が間違いだったようだな。全く、私もまだまだ青い。」

優しげな笑みをすぐに皮肉に歪めた王に、勇者は小さく舌を打ち、眼を反らします。

その様子に僧侶は少し驚きましたが、勇者はすぐにいつもの凶悪な目つきで王を見据えました。

「ケッ、あんたの見る目のなさなんざ呆れるほど知ってんだよ。」

「ふん、お前の無礼さは少し旅出たくらいでは変わらんようだな。」

「あんたはちっと見ないうちにまた性格悪くなったんじゃねえか?」

「ほう、お前のような野良犬に言われるとは驚いたな。」


ぎりぎりと音がしそうなほど険悪な雰囲気に勇者の仲間達も王の家臣達もだらだらと冷や汗を流しました。





王との謁見が終わった後は、夜から盛大な宴が開かれます。

控え室に案内された遊び人と僧侶は豪華な室内のソファーの上で顔を寄せ合っていました。


「ちょっと遊び人。」

「なによ僧侶ちゃん。」

「勇者どうしたのあれ。」

「あ〜やっぱ変だよね?」

「変よ変。なにあの借りてきた猫みたいな態度。いつもはもっとこう、嫌味言われたら拳で返すみたいな感じじゃない。」

「脳筋だからね〜でも俺もあんまよく知らないんだよ。」

「あんた勇者と古い知り合いなんでしょ?」

「ん〜つっても勇者が城抜け出して町で暴れ回ってた時の連れだし、王宮の事なんてわかんないよ。」

「役立たずね。」

「ひどすぎるっ!いやいやだったら武闘家の方が知ってると思うよ?あの子あの兄弟の幼なじみらしいし。」

「そうなの?」

「なんか近衛隊の息子さんなんだって。」

「へ〜…ていうかその武闘家はどこに行ったのよ。」

「………あれ?」





その頃、勇者は子供が見たら泣いてしまうような表情で城の裏庭の花壇に腰掛けていました。

難しい顔でぐしゃぐしゃと頭を掻き回したと思えば鋭く舌を打ち、深く眉間に皺を寄せます。

長い旅の果て、強く逞しく成長した勇者の心はしかし今、激しく乱れていました。


勇者は一度深く呼吸をし、裏庭の花壇の隅にひっそりと咲く、白い花を見つめます。

昔から勇者は何かあるたびに、この白い花を見に来るのです。


勇者はそんな自分を情けなく思っていましたが、やめることはしませんでした。


小さく地味な、白い花。

この花には一番大事な思い出がつまっているのです。






勇者は昔、泣き虫な子供でした。

転んでは泣き、夢を見ては泣き、虫を見れば泣く泣き虫な子供です。

そんな泣き虫な子供を誰よりも愛していた美しい母親。

その人がキラキラと輝くお星さまになり、子供はそれまでの家を離れ、大きく美しいお城へと移されました。


もちろん、子供は毎日毎日、目玉がとけてしまうほどに泣きました。

泣いて泣いて、なぐさめられても怒られても泣いて泣いて。

みんなから離れひとりぼっち裏庭で小さくなっていました。


そんな子供の頭を撫でた人。

泣いていいよと言ってくれた人。

小さな白い花をくれた人。


勇者は白い花を見つめ、切なく眼を細めました。






 
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