Book童話のおはなし

□イヌとサルのおはなし
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昔むかし、あるところに――…







男の家は人里離れた山奥にありました。

男は山の獣を狩るのを生業にしています。

その男の隣にはいつも、一匹の大きなイヌがいました。

男はイヌを家族のように思っていましたし、イヌも男を家族のように思っていました。


男は幸せでしたしイヌも幸せでしたが、イヌにはひとつだけ不満がありました。


今日もその不満が山を下り、木の上から声をかけてきます。


「おうい、そこのイヌ相変わらず暇そうだね。」

枝の上から馬鹿にしたような声で話しかけるサル。
そいつがイヌの唯一の不満です。

「うるさい!暇じゃない、ご主人をお守りしてる!」

「そりゃあ結構、こんな山奥で猟師にちょっかいかける奴なんざ人も獣もいやしないと思うけどね、ああ怖い怖い。」

「なっ!ご主人馬鹿にしてんのか!?」

「まさか、あんたの頭の中身を心配してんのさ。」

「なんだとー!?」


二匹の獣がぎゃんぎゃんきーきーと騒いでいるのを見つめる猟師はほのぼのと顔を緩めていました。


「友達が来たようだね、遊んできていいよ。さあほら行っといで。」

背を押されたイヌはぎょっと男を振り返りましたが、男はにこにこ笑うだけです。

へたりと垂れたしっぽにサルは笑いながら言いました。


「やっぱり暇みたいだね。丁度いい、今日も頼むよ。」

イヌはむっとしましたが、断る事はできません。

だってそれは、イヌも大好きなのです。

垂れたしっぽをゆさゆさ揺さぶりながら、しかし顔だけは不満気にサルのもとへ向かいます。





「今日はあけびが取れたからね、柔らかいから落とさないようにしておくれよ。」

かごに沢山入ったあけびに柿、栗に山菜。
サルはそれをイヌに渡しながら口酸っぱく注意しました。


「何度も言わなくてもわかる!」

「どうかね、この間は振り回して柿をぐちゃぐちゃにしていただろう。」

「みっ見てたのか?」

「その後あの人に潰れた柿貰って嬉しそうにしてた所までね。」

「ちがっ!ご主人がくれるって言うから、わざとじゃないから!」

「まあ、あげた物をどうしようと勝手だけどね。
あんたイヌのくせにそんなもん食うんじゃないよ。」

「うっ…」

イヌはぐっと喉をつまらせながら、サルとかごの中身を交互に視線を泳がせました。


「…食うつもりだね、その顔は。腹壊しても知らないからね。」

「う、うるさいな!大丈夫だよ、壊した事ないからな。
好きなんだからいいだろ!」

サルはハァと溜め息をつきました。


「…あんた本当に馬鹿犬だねぇ、旦那さんに迷惑かけんじゃないよ。」

イヌはそのサルの本当に呆れきったような声に怒って耳をピンと立ち上がらせました。


「てめっ!馬鹿にすんじゃねえや馬鹿!馬鹿猿!つうか俺のご主人だぞ!!」

「あたしの命の恩人だよ、忘れたのかい、相変わらず簡単な頭だねぇ。あんた。」

「なんだとー!?」




何年も何年も前のこと、サルが小さな小さな子猿だった頃の事です。


親を無くし、群れを無くし、飢えと寒さに今にもこの世を去ろうかと言う時。

サルを拾い、ひとりで生きて行けるまでに育ててくれたのがイヌの主人、猟師でした。

サルは山に帰ってからもその恩を忘れず、時たま山の幸を男に渡しているのです。


「つうか、そんなに心配なら自分で届ければいいだろ!なんでいちいち俺を呼ぶんだよ!?」

サルはふんと鼻を鳴らしました。


「決まってるだろう?人になんか近付きたくないからさ。」

「はあ?」

「人なんてみんな残虐で残忍なろくでなしさ、自分のためなら他の命なんざどうでもいいんだよ。」

ふいと顔を反らし吐き捨てるように言うサルに、しかしイヌは怒りませんでした。


「…ふざけんなよサル、ご主人はそんな人じゃねえ。
自分が生きて行ける以上は狩らないし、殺した獲物にもちゃんと敬意払ってんだ、そんな事お前も知ってんだろ?」

ただ真剣に、真っすぐ見つめる視線の強さにサルはたじろぎました。


「……知ってるよ、旦那はそんな人じゃない。」

「じゃあなんでんな事…!」

噛み付くように吠えたイヌは、息を呑みました。

いつものように偉そうにイヌを馬鹿にする表情はそのまま、しかし確かに少しだけ、サルは震えていました。


「あ、わ、悪い、そうかお前ん所の群れ、人間に…」

ぺたりと耳を伏せたイヌに、サルはにやりと笑って見せました。


「……なんてね、ただ面倒くさいだけさ。重いしね。」

「……はあ!?」

「ほらさっさと持っていきな。日が暮れたら旦那が心配するだろう。」

「あ、え…うう…馬鹿!馬鹿猿!!」

するすると木に登ったサルにイヌは吠える事しかできません。


「そうかいそうかい、わかったからさっさと帰りな。」

「わかったよ!じゃあな馬鹿!」

「はいはい。さようなら。」




山を下りるイヌにサルは苦笑いを向けました。


「……本当に馬鹿犬だねぇ。
阿呆のくせに、たまにあんな真剣な顔するから、」


顔を伏せ、胸に落とすように呟きます。



「…あんたを諦めらんないのに。」






 
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